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なまもののさけび

とりあえずつらつらとかきつらねます

05.29.03:57
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  • 05/29/03:57

10.25.04:26
11


「ずばり聞くが、お前さん、天下が欲しいか」
 星の海を眺めながら、黒田が言った。
「It's no wonder. 当然だ」
 政宗もまた、星の海を眺めながら答えた。
「天下を取ったら、その後はどうするんだ」
「誰もが明日を掴めるような世を創る。倒れても必ず立ち上がれるような世を」
「そいつは立派だ」
 黒田は顔こそ上を向いているが、その視線がどこに注がれているのかはわからない。星の海のどこを見ているのか、あるいは別の何かが見えているのか。
「アンタはどうだ、黒田官兵衛。腹の底を見せやがらねえアンタの考え、オレもいくらか興味がある」
 政宗の視線は、宙空の一点に固定されたまま動かない。蒼く澄んだ隻眼に、星々の一粒一粒が映り込んでいる。一呼吸おいて、黒田が口を開いた。
「小生も天下は欲しい」
 わかりきった答えではある。なにせ豊臣にありながらも天下を狙うような男だ。政宗もそれを承知している。だからこうして、この男がここに立っているのだろうということも。政宗が知りたいのはその先だった。天下を統べた後に、この男は何を目指すのか。
「しかしな、取ったあとにどう治めるかということには……正直、あまり興味がない」
「……Hum?」
 瞳の上を、星屑が滑っていった。
「お前さんや、そうさな……権現、秀吉のように、統べた天下を動かしてどうこうしたいというわけじゃあないんだな」
「上に立つことに……興味がねえのか?」
 いつの間にか、政宗の視線は宙空を離れて黒田に注がれていた。
「いや。誰かの下についているよりは、上に立ってる方がマシだ。ずっとな」
 それは確かだ、と自分自身に念を押すように、黒田は呟いた。
「ただ、何と言うか……天下を欲しがる奴ってのは、あの手この手を尽くして天下を取ろうとするだろ? それは小生も、やりがいがある。絶対諦めん、とも思う。だが、取り終わってしまった後はどうするか……」
「……オレはあんたのそれが聞きたいんだがな」
「ああ、わかってるさ。しかしな、独眼竜。そいつは、小生にゃ要らんものなんだ」
 政宗は黒田の言うことを上手く飲みこめていないのか、意見を差し挟むでもなく、顎に手を当てて聞いている。
「小生はな、次に何をしようかと考えて、それを行動に移すのが楽しくてね」
 じゃら、と鎖が鳴る。
「そして、やることはでかけりゃでかいほど、いい」
「だから天下を狙うんだろ? それはもう聞いた。オレが聞いてるのは……」
「独眼竜」
 はじめて、黒田の視線が政宗に向いた。
「小生は、天下を取ったらそこで仕舞いだ。先はない。天下を取ったその先……お前さんたちが言うところの平和な世とやらに、天下を取ること以上にでかい何かがあるなら、話は別だが」
 黒く、黒く、そして黒い。
 自ずと光ることのない色。照らされ光ることのない色。
 けれども光の映える色。光を取り込み続ける色。
 高い高い夜天の色。深い深い穴底の色。
 無限。渦。膨張。
 竜の瞳が捉えた、それ。
「……This is terrible」
 笑んだ。
「だが……嫌いじゃねぇ」
 何故笑んだのか、竜にもそれはわからない。
「Bring it on. 聞いてやろうじゃねえか……アンタの交換条件とやらをな」
「そいつは何よりだ。話のわかる男で助かったよ」
 じゃらり、と鎖の音。笑み返す。
「これだから人はやめられん」

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10.19.23:37
10


「ほお、こいつは旨いな」
「だろ」
 政宗が得意げに胸を張る。
「地下にいる間はろくなもん食ってねえだろ?」
「そりゃ余計なお世話だよ!」
「ははは、違ぇねえや!」
「ホントのこと言われちまったなぁ官兵衛さん!」
 周囲から笑いが起こる。
「だってよ」
「おいおい、お前さんたちまで乗っかるんじゃないよ! ……ま、旨いから許してやるけどな!」
 言って、黒田は餅料理を頬張った。再び周囲から笑いが起こる。
 原因不明の故障で動かなくなった角土竜参號機を修理するため、黒田軍はここ数日、伊達領に逗留していた。寝泊まりは穴道に降りれば問題ないからと、屋敷に上がることはしておらず、食事も自分たちで用意している。
 とは言っても一応は伊達の客分として扱われているのだから、飯くらい食っていけという政宗の誘いで、今夜は屋敷に伊達軍と黒田軍が集まり酒宴を催していた。どちらも酒飲みと宴会好きの多い集団である。兵たちはすぐに意気投合した。
「うちは酒豪が揃ってるからな、酒蔵が空になったらすまんね」
「そいつを気にすんのは野暮ってもんだぜ。どんどん飲みな。アンタもいけるクチなんだろ?」
「まあな」
 まあな、どころではないだろう、と横で見ていた片倉は思った。水でも飲むような飲み方をしているというのに、黒田は素面も同然の様子である。酒に弱くはないが強くもない自分の主が、変な対抗意識を持って無茶をしやしないかということだけが気懸りだった。
 やれやれと嘆息しつつ、周囲を見回す。兵たちは庭のあちらこちらで車座を作り、思い思いに飲み騒いでいる。踊りだす者、歌いだす者もいる。たまの息抜きとしては、いい機会だろう。片倉は盃を取り、口をつけた。いい酒だ。
「……ん?」
 二口目を飲もうとして、手が止まる。体格のいい黒田兵に交じって、見慣れない小柄な人影が目に入った。顔はよく見えないが、いでたちは兵装である。まさか小姓というわけでもあるまい。
「どうした右目、ぼんやりして。もう酔いがまわったか?」
「ああ、いや……」
 焼いた干し魚をかじりながら、黒田が肘で片倉を小突いた。
「あそこにいる子供は誰かと思ってな」
「おう、あいつか」
 黒田は魚を尻尾まで口に押しこんでもぐもぐと咀嚼し飲みこむと、立ちあがり「長政」と呼んだ。座っていた子供がこちらを見る。
「独眼竜と右目に挨拶しておけ」
 席を立ってこちらにやってきた少年を、片倉は思わずしげしげと眺めてしまった。華奢とまではいかないが、戦場に出すのも躊躇われるような細腕だ。黒田本人をはじめ屈強な男の多い黒田軍の中では、余計にそう見えるだろう。
「お前さんたちと顔を合わせるのは初めてだったな。倅だ」
「黒田吉兵衛長政と申します」
 長政はぺこりと頭を下げた。
「奥州筆頭・伊達政宗。こいつは片倉小十郎だ。Nice to meet you, junior」
 片倉は会釈し、改めて長政の顔を見た。格子状の面頬のようなもので口元を覆っており、父親と違い目は隠していない。
 しかし、その目が問題だった。
 未発達な体躯とはおよそ釣り合わない、覗けば吸い込まれそうな深い黒。ガキのくせしてなんつう目をしてやがる、と片倉は苦々しく思った。前髪に隠れた父親の目も、ひょっとするとこんな色なのだろうか。
「それ、食う時に不便じゃねえのか?」
「下が開いていますから」
「Really? ちょっと見ていいか」
 そんな片倉をよそに、政宗は長政に興味を持ったのか、早速盃片手に隣へ陣取っている。黒田はさっき食べた魚が気に入ったらしく、二匹目に手を出していた。枷のついた手で器用に魚をつまみあげる様子を見やると、苦笑しつつ溜息をひとつ吐き、片倉は空になった盃に酒を注いだ。一息に飲み干す。
「……しかし、テメェに倅がいたとはな」
「秘蔵っ子でね」
 二匹目の魚をかじりながら、黒田が答える。
「鋭意育成中……ま、有体に言えば経験不足だ。練度で言えば、黒田八虎の方がずっと上だろうよ」
「黒田八虎?」
「うちの戦上手を七人まとめてそう呼んでる」
「七人で八虎じゃ、おさまりが悪かねぇか」
「聞いた話じゃ、どこぞの四天王は五人いるらしいぞ。……それは冗談として、元は八人いたさ。一人、永久欠番なんだよ」
「……そうか」
 聞いてはいけないことを聞いたかもしれない。
 始めから七人であったならともかく、元々八人いたのが七人になってしまったというのなら、話は別だ。一人減ってしまう何らかの理由があったのに違いない。どんな理由なのかはいくらでも想像できるが、面と向かってそれを聞くのは流石に躊躇われた。魚を咀嚼している黒田の顔には、これといった表情は浮かんでいない。
 なんとも言えない気まずさを感じながら、片倉は盃に口をつけた。
「……変な気は使わんでいいぞ」
 ごくり、と魚を飲み下し、黒田が呟いた。片倉の手元で、盃がたぷん、と音を立てる。
「優秀な奴でな、一の部下と言ってよかった」
「そりゃ……残念だったな」
「ああ。貴重な兵法書読みだったからな、おかげで知性派が減っちまったよ」
 無表情のまま残りの魚を口に押しこむと、黒田は黙ってそれを咀嚼した。片倉も黙り、ちびちびと酒を口に運んだ。
「……ときにお前さん、今の話を聞いてうちに来る気にはならんか?」
 危うく酒を噴き出しそうになり、片倉はむせ返った。黒田はそれをにやにやと眺めている。
「どうだ。今なら第二軍師の席が空いてるぞ」
「めげねぇ野郎だ……」
 前向きもここまでくるといかがなものかと思わぬでもない。
「お断りだ。……大方、竹中への当てつけだろ」
 眉根を寄せつつ口元を拭う。竹中半兵衛がどういうわけか片倉を気に入り、ことあるごとに豊臣へ勧誘していることを、この男が知らないはずがない。
「おいおい、随分と小生を見縊ってくれるじゃないか。故人への当てつけを考えるほど器の小さいつもりはないぞ」
「……いま、何つった?」
 そうかよ、と生返事を返しかけた片倉の目が僅かに見開かれた。
「え?」
 黒田が首を傾げる。
「……竹中半兵衛」
「……ほう」
 きょとんとしていた黒田の顔が、得心いった、という表情に変わる。
「お前さん、さては知らなかったな?」
 黒田はにじり寄ってきて、声を落とした。
「半兵衛の奴な。しばらく前に逝っちまったよ」
 愕然としている自分に、片倉は苛立ちを覚えた。同情してやる義理など一切ない相手だというのに、何を俺は。
「……そう、か……」
 そう返すのがやっとだった。言いようのない虚脱感。いつ、いなくなったのだろう。考えてみれば、最後に相対したのはもう随分と前のような気がする。警戒し続けてきた自分が滑稽に見えた。 そんな片倉の様子を、黒田は意外そうに眺めている。
「……堪えたか、右目」
「そんなわけあるか」
 むすっとした表情を作り、片倉は盃になみなみと酒を注いであおった。そしてむせた。膝に雫がぼたぼたと落ちる。黒田は見ないふりをして、皿に残った最後の魚に手を伸ばした。
「あいつはお前さんにご執心だったな」
「……迷惑極まりねぇ話だ」
「だろうよ」
「……竹中がいなくなったってことは、豊臣の内部も変わってるはずだ。戦力の分割も……クソ、調査不足だった」
「どうやら伊達は出遅れてるみたいだな。……そんなお前さんたちに、耳寄りな情報をやってもいいぞ」
 わざとらしい声音で、黒田が言った。
「が、タダではやらん。交換条件だ」
「交換条件だと」
 僅かに赤らんだ酔眼を向け、訝しげに片倉が返す。黒田は曰くありげに笑んだ。
「少し、独眼竜と話をさせてくれんかね」

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10.14.01:23
リンク


BSRのサイト様を1件追加しました。
ついったやイベントの方でだいぶ前からお世話になってましたが、そういえばリンクとか貼ってなかったなって思って今更ながら貼らせてもらいました。サイト名は本人がアレだって言ってたのでアレでいいはずです。

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10.11.20:18


「……こうして相対するのは、小田原以来ですな」
 干したばかりの盃を置き、どこか念を押すように言う。
「おお、そうよな。まこと久しい。ヒヒッ」
 大谷がわざとらしい声音で答え、小さく肩を揺らした。この男とは小田原以降、今日まで何度も顔を合わせているのが事実だが、両者の間では言外で示し合わせ、外向きには「そういうこと」になっているのだ。
「伊達の件、首尾は滞りないか」
「恙無く」
「なら結構よ」
 盃に酒を注ぎ足してやる。警戒して口をつけないのではと思っていたが、勧めるまでもなく飲んだ。ただ飲んでいるのではなく、ここで自分を殺しても大谷に得はないはずだと踏んで、あえて見せつけるように飲んでいるのに違いない。そう思うと、大谷は心なしか愉快さを感じるのだった。
「さて、手順の話をしなければならぬな」
 絵図を取り出して広げる。
「まずは小田原周辺に待機させている兵の一部を、ぬしらの元へ差し向ける」
「我らがそれに応戦する……無論、戯れる程度に」
「然様、然様。戯れる程度にな。ヒヒッ」
「頃合いを見て、伊達に救援を要請いたします。同時に、そちらへ注進を」
「ひとつ助言をしておけば、アレは野に放つと厄介な軍よ。到着し次第、城内に囲っておけ。何かと理由をつけてな」
 伊達と直接やりあった経験がないのなら、野戦へ持ち込むのは得策ではない。こちらが到着するまで勝手に動かれても困る。なにより一箇所に固めて留めおけば、大谷の手間も省けるというものだ。
「では、そのように」
「後詰も合わせれば、そこそこの兵力にはなる。十分に叩き潰せような」
「念のため、こちらで傭兵も雇い入れてございます」
「傭兵? 雑賀か」
「いえ。新興の集団ですが、雇い賃の割によく働くゆえ、何かと重宝しております」
「然様か。まァ、好きにするがよかろ」
 多少の有象無象が戦力として増えようが、大谷にはさほど関わりのない話である。
「なにはともあれ、ぬしの芝居が肝心要。ぬしがしくじれば水の泡よ。頼りにしてもよいな?」
「大谷殿が兵を差し向けられるまで、気取られぬよう尽くしましょう」
「ならばよい。われも力をあげて伊達を捻ってやるとしよ」
「……お頼み申し上げます」
 芳賀高定は絵図から顔を上げると、深々と頭を下げた。



裏で動く宇都宮勢。

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10.11.13:45


 やはり喋りすぎだ、と今頃になって己を叱責しても遅いのだが、そうせずにはおれない。片倉は複雑な面持ちで、足早に城へと向かった。既に日が落ちかかっていることが、今はありがたい。
「小十郎様ーッ!!」
 落ち着きなく頬骨のあたりを揉んでいると、右前方の薄暗がりから兵が走ってくるのが見えた。
「どうした!」
 きっ、と眉尻を上げて吠える。先程までの様子が嘘のようだ。
「や、山の方に変なモンが……」
「変なモン? 化物でも出たって言うんじゃねえだろうな」
「ひょっとすると、化物かもしれねえっす……」
「あぁ?」
「と、とにかく来てくだせぇ! 筆頭もあっちへ向かってます!」

 タケノコの化物、という言葉が脳裏をよぎった。てっぺんを見続けていたら首を痛めそうだ。
「見つけた農民の話じゃ、山ん中から突然生えてきたらしいんです」
 少し下がったところで同じように見上げながら、兵の一人がった。片倉は眉根を寄せながら、そびえ立つ泥まみれのそれを上から下まで眺めた。煮るにしろ炊くにしろ、奥州全土の鍋釜をかき集めても足りないかもしれない。
「……小十郎」
 腕組みをしながら仁王立ちでてっぺんを見上げる政宗の声が、心なしかげんなりしている。
「……はっ」
「こう、でかいモンが生えてくるってのは、何か思い出さねえか」
「……」
「タケノコ以外でな」
 目を逸らす。顔に出ていたのだろうか。
「オレは、見たことあるぜ」
 お前もだ、とこちらを見る政宗の目が言う。片倉は、巨大な何かが土の下から生えてくる様子を思い浮かべた。地を揺るがし、轟音と共に地下からせり上がってくる、巨大な何か。土中に潜み、一瞬にして眼前に現れる――
「……一夜城」
「That's right!」
 ぐわ、と地が鳴った。
「下がれ!」
 政宗が吠え、抜刀しつつ跳び退る。片倉も抜き、構えた。先程まで見当違いにも程がある考えを頭の中で繰り広げていた自分を殴りたい。回転しながらせり上がってくるその姿、片倉は確かに見覚えがあった。まさかそれを再び目にする日が来るとは。兵を満載し、軍師の指示一つで姿を現す可動式砦、一夜城!
「またテメェの差し金か……竹中ァ!」
「モテる男はつらいなァ小十郎!」
「その冗談はおやめくださいと申し上げ……ッ!?」
 言いかかった言葉が途切れる。
 眼前の「一夜城」が突如その回転を止め、すぽん、と音でも立てそうなほどに容易く、そして唐突に、地中へ吸い込まれて見えなくなった。
 静寂。
「な……」
「……What?」
 しかし直後、足元からびりびりと伝わる揺れ。
 真下!
「政宗様!」
 前方見据えつつ滑るように後方跳躍、退避。
「Don't sweat it! Ha-ha!」
 大きく跳んだ主の声が、上方から降ってくる。勢い殺さず着地、低く構えた政宗の口元が歪む。
「Sorry, 小十郎。どうやら見立て違いだ!」
 轟音。
 地を割り姿を現した巨体は、先程まで地上に突き出していた鼻先をこちらに向けながら、帯で繋がれた駆動輪をぎゅいぎゅいと鳴らして後退した。円錐を引き延ばしたような鼻先が、物騒な音を立てながら回転する。内部に兵を収容し輸送するのではなく、あくまで地中を掘り進むための機構か、と片倉は冷静に判じた。
「……政宗様。小十郎は、これとよく似たものを見た覚えがございます」
「Gentlemanが見せびらかしてたやつだろ? ……けど、あっちは回る角が2本ついてたぜ」
「確かに形は異なりますが、基本的な構造は同じではないかと」
「何にせよ、このお客さんにはお引き取り願うしか……ん?」
 何かに気付いた政宗が、目を細める。視線の先、機体側面に描かれている大きな藤巴が、みしりと音を立てて回ったかと思うと、ぽっかり口を開けた。丸い扉になっていたらしい。
「……黙って聞いてりゃあ、一番間違えられたくない奴と間違えやがって……」
 体を捻るようにして穴から這い出しながら、忌々しげに呟く。
「……んっ? あれ? おい、後ろが引っかかってるじゃないか! ちょっと押してくれ、お前さんた……うわあ!」
 内側から急に押されたらしい。
 見事に顔面から着地した男と、その隣に着地した黒い鉄球。
「……Hey. なんでアンタがここにいるんだ?」
 溜息をつきたいのを我慢している、といった面持ちで、政宗が問う。
「……そいつはこっちの台詞だよ。なんだ、ここはお前さんとこの領地か?」
 のそりと起き上がり鉄球に腰掛けると、黒田官兵衛は気だるげに首を鳴らした。
「人んちの領内に侵入しといて、迷子のフリか?」
「なにせ試験走行中でね。もう少し手前で地上に出られる筈だったんだが、行き過ぎた」
 悪びれる様子もなく、黒田が言う。
「おまけに、どこが故障したわけでもないのに動力機構が急停止してな。角が地面から飛び出たまま、前にも後ろにも動かなくなったってわけだ」
 つまり、それがあのタケノコ状態だったということらしい。故障でもないのに機巧が停止してしまうというあたり、黒田の運の悪さは相も変わらず絶好調と言ったところか。
「おい、右目の」
 ふいに呼びかけられ、片倉が怪訝そうに黒田を見やる。
「お前さん、なぜ小生を半兵衛と間違えた」
「地面から飛び出していたそいつが、あいつの一夜城に似ていると思っただけだ」
「それだ。いいか右目。あの一夜城はな、小生がいなけりゃ完成しなかったんだ!」
 黒田はやおら鉄球から腰を浮かすと、片倉の方へずんずん近づいてきた。
「半兵衛が諦めかけてたところに小生が知恵を出してやったってのに、豊臣の奴らときたら半兵衛ばっかり持ち上げやがって! 最初の案は確かに半兵衛が出したがな、全体を回して上昇させるっていう肝心要の機構を考えたのは小生だ! 実際の設計だって、小生がやったんだぞ! 何だ畜生、もっと敬えってんだよ!」
 唖然としている片倉に向かって訴えているというよりも、声の大きい独り言といった様子である。
「お前さんもお前さんだ、どうして小生の角土竜を先に思い出さない! いくらこいつが新型で、お前さんが初めて見るものだったとしてもだ!」
 片倉は柄にもなく閉口した。元をただせば、片倉に一夜城を思い出させたのは政宗である。しかしここで、そんなくだらないことの責任を主に問うことのできる片倉ではない。どうしたものかと答えあぐねていると、黒田は前髪越しにじとりと片倉を睨んだ。
「ま、なんだ……少しばかりお前さんに八つ当たりしたところで、罰は当たるまいよ」
 咄嗟に避けた片倉の鼻先を、黒い塊がかすめた。黒田の手元から伸びた鎖に引っ張られ、鉄球が鈍く風を切り、ずん、と地面にめり込む。
「つきあってもらうぞ、竜の右目」
 片倉は軽くこめかみを押さえ、主を見やった。案の定、政宗は黙ってにやにやとこちらを見るばかりだ。気晴らしの相手くらいしてやったらどうだ、ということだろう。やれやれといった表情で目を閉じ、片倉は小さく息を吐いた。
「……いいだろう」
 下段に構える。視線が黒田を捉えた。
「骨が折れたらご愁傷だ」
 黒田は緩慢な動作で半身になり、枷のついた逞しい両腕を後ろへ引くようにして構えた。
 鉄球という重しのために、黒田は決して素早くは動けない。しかしその一撃は、速度という欠点を補ってなお有り余るほどの威力がある。骨が折れたらご愁傷、と黒田は嘯いてみせたが、まともに食らえば骨を折るだけではとても済むまい。
 ではどうするか。
 やはり突くべきは速度という弱点である。
 先に動いたのは片倉だった。大きく前に踏み込み、刺突。
 枷で防がれる。予測済み。
 間合いを詰めたまま続け様、刀身閃かす。切先の軌道は変則、精密に変則。枷が軋む。割れはしない。
 大きく振り抜く。一瞬。防ぎが解かれる。
 今!
 大きく前に踏み込み、刺突。が、手応えなく空を穿つ。
 転げるように避けた体は、ほぼ真横に。勢い乗せて黒い塊蹴り上げ、もろともに跳ぶ。ねじ込むような衝撃。
 腕から足元まで、圧。後ろ後ろへ押されるが、両脚はなんとか地を掴んでいる。刀一本で防ぎきったのは流石と言うべきか。
 再び転げ、流れのまま振られる腕。
 跳躍回避、僅かに速い。風に巻き上げられた砂礫は片倉を捕らえ損ねた。
 しかし間髪いれず、ずん、と衝撃。枷が鉄球に叩きつけられ、同心円状に伝わる揺れ。
 歯を食いしばる片倉。
 距離を取る暇なく、ひと際大きく衝撃。
 耐えきれず体が浮く。が、冷静に受け身。迫る鉄球をかわして、斬撃。捉えた。
 黒田が呻く。
 二撃、枷がかち合った。双方大きめに振り抜いて三撃。視線もかち合って、四撃。五、六、七、八、九、十、火花、火花、火花。
「はあぁっ!」
 撃!
 弾き飛ばされた黒田が膝をつく。眼前に、切先。
「……ふん」
「気が済んだか」
「……ま、このくらいで止しといてやるよ」
 こきり、と首を鳴らして黒田が立ちあがる。片倉は納刀しつつ下がった。
「お天道さんを拝むのも、実は久しぶりでね」
「相も変わらず穴掘り暮らしか?」
 遠巻きに眺めていた政宗が近づいてくる。
「地の底から天下を狙うとは、eccentricな奴がいるもんだと思ってたが……アンタにはmatchしたやりかたなのかもな」
「お前さんには考えもつかんだろ?」
 黒田とは以前、西国で顔を合わせたことがあった。同じく天下を狙う者同士ではあるが、互いにまだ本気でやりあう段階ではないと考えており、また豊臣という共通の因縁を抱えていることから、そこそこの友好関係ではある。と言っても、双方の本拠地が遠く離れており、また黒田にいたっては日ノ本の地下を密かに東奔西走している有様であるため、平生連絡を密に取り合う程の仲ではなかった。正式な同盟関係というわけでもない。
「もう少し手前で地上に出るはずだったと言ったが、どこを目指していたんだ?」
「上野と下野の国境あたりだな」
「Ah? 宇都宮領のど真ん中じゃねえか。また随分北へ行き過ぎたな!」
 政宗が愉快そうに言う。
「いや、角土竜参號機の動力に、四国から仕入れた新しい機構を使ったんだが、こいつがとんでもないじゃじゃ馬でな! 馬力はあるんだが、気紛れで中々言うことを聞かん。あとで苦情を入れてやるつもりだ」
 品質は悪くないが、いかんせん癖が強くていかん、と黒田はぶつぶつ言っている。四国と言えば、機巧の開発に惜しみなく財源を注ぎ込んでは赤字記録を更新している海賊の本拠地だ。首領たる西海の鬼こと長曾我部元親は、政宗も片倉もよく知った顔である。
「変わりねえか、西海の鬼は」
「ああ。部品買い取ってやると言ったら、遠慮なくふっかけてくる程度には元気だよ」
「万年金欠で苦しんでるからな、あそこは」
「自慢じゃないが、小生これでも倹約上手でね。多少大きな買い物をするくらい、屁でもないのさ」
 にやり、と不敵な笑み。
 黒田は自身を「豊臣二兵衛のうち、より賢い方」であると標榜して憚らない。実際、かつては豊臣の中枢に身を置き、天才の呼び声高い竹中半兵衛に並び立つ軍師として、采配を揮っていた男だ。戦局の読みにおいては、その慧眼をいかんなく発揮する。
 しかし、その並外れた頭脳をもってしてもどうにもできない致命的な運の悪さ、巡り合わせの悪さが、この男を常に苦しめていた。やることなすこと、とにかく裏目に出やすい。確かに当の本人にも、口が悪くて交渉に不向きという軍師にあるまじき欠点があるにはあるのだが、それだけが原因とは思えないのである。何をどうやったら失敗するのかわからない場面で失敗してみせるという、一種の奇跡を起こすのが黒田官兵衛という男であった。
 だが、決してそれだけではない。曲がりはすれども折れず、沈みはすれども必ず浮かび、繋がれようとも足掻き続けることをやめない。
 究極の不屈、あまりにも頑丈すぎる身心。
 それに裏打ちされた大胆不敵。
 片倉も伊達においては、軍師という位置にある。同じ肩書きの者として、そして二兵衛のもう一方と浅からぬ因縁を持つ者として、片倉にはこの泥臭い男の存在が、異様に大きなものに見えていた。本気で敵に回そうと思ったら、これほど厄介な相手は他にそう何人も思いつくものではない。
「おい官兵衛さん、駆動輪に連結帯が絡まって大変なことになってるぞ!」
「何ぃ!? どうしてそんなところが壊れるんだ!」
「……」
 片倉は何か損をしたような気分になりつつ、こめかみを押さえた。




黒田登場回でした。

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