05.26.20:54
[PR]
01.28.01:27
17
「いいんだよ、元々なかったものなんだ! 零だったものが一になってまた零に戻っただけだからな! つまりとんとんで損害はナシってことだ!」
己を鼓舞するかのように、黒田が明るい調子で言った。他人事ながら視界がにじむような気分になり、片倉は軽く目頭を押さえた。ここまでくると、黒田の心の逞しさが恐ろしいとすら思えてくる。そのままちらりと主の方を見やると、手で顔を覆っていた。肩が震えている。
「……政宗様」
「……っ」
「あっ、笑ってやがるなお前さん!」
「そ、そういうつもりじゃ……っくく」
「ああそうさ、どうせ不運さ小生は! 笑いたきゃ笑え!」
天井を仰ぎ、いつも通りのやけくそ気味な語調で言い放つと、黒田はそっぽを向いてしまった。政宗は顔を覆ったままだ。長政の困ったような目が片倉を見た。
「……おい、書状の話はどうなった」
「ああ、そう、その話だな。それを話さなくちゃいかん」
片倉が凄むように低く発すると、黒田が慌てたように場を見回した。政宗はいつの間にやら、何事もなかったかのように澄まして腕を組んでいる。
「偽の書状を持ってあんなところに入ってくる理由を考えたら、幽霊の目的はなんとなくわかるだろ」
片倉は書状の束に目を落とした。これらが黒田の手に渡ることなく、そのまま届けられていたならば。書状が偽物と気付いた伊達でさえ、その後の行動を利用されたのだ。書状の内容を額面通りに受け取ったならば、複数の勢力間で揉め事が起きるのは間違いない。消えかけていた火種が再び燃え上がるようなことも、十分に考えられる。しばし黙考した後、政宗が口を開いた。
「どう思う、小十郎?」
「情報網をかき乱すことで、各地で戦を起こさせることが目的ではないでしょうか」
「オレも同意見だ。乱世を収めるどころか、heat upさせたい奴らがいるってことだろうぜ」
澄まし顔のまま、政宗が言う。呆れたような態度を取ってみせてはいるが、心中穏やかではあるまい。
「それ以外ないだろう、やっぱり。だがな、ここが重要なんだが……小生が思うに、こいつは豊臣の仕業じゃあないぞ」
「Why? あれだけ方々に戦火を広げてるじゃねえか」
「豊臣が目指しているのは天下統一だ。他勢力同士の小競り合いなんか、いくら起こしても得しないどころか、かえって邪魔になるくらいだと思うがね」
天下統一、を強調しながら黒田が言うと、政宗は涼しい顔で口笛を吹き、何事か短く呟きながら数度小さく頷いた。考えてみれば確かにその通りである。各地で戦線を展開している豊臣だが、それはあくまで日ノ本全土を己の支配下に置くための戦である。豊臣に与しているわけでもない他勢力が、あちこちで活発に戦をし始めたならば、それを片っ端から押し潰しにかからねばならない。策謀を巡らせてまで益のないことをする豊臣ではない。
「幽霊の親玉はまだ闇の中か……」
「そこで、だ」
顎に手を当てつつ片倉が呟くと、待ちかまえていたように黒田が言った。
「宇都宮領の話に戻る。その偽書状の中身と、穴道を移動しながら各地で得た情報とを突き合わせてみたんだが、しばらくどことも戦をする予定のない勢力ってのがいくつか浮かんできた。宇都宮もそのうちの一つだ」
「それだけで宇都宮に目星をつけたってのか?」
「気になる噂があったんだよ。どうも最近、あそこは傭兵を雇ってるらしい」
「傭兵だと」
戦乱の世である。伊達や豊臣のように民の上に立ち国を経営しながら戦をする武将とは異なり、戦をすることのみに特化した集団というものが、この日ノ本にはいくつか存在する。有名なのは、銃火器の扱いに長け最強の傭兵集団と名高い紀州の雑賀衆で、彼らの頭領とは政宗も馴染みであった。ゆえに傭兵、と聞いて真っ先に思い出すのは彼らだ。
「雑賀じゃない。名前が流れてこないところをみると、新興の集団だろう」
伊達と雑賀の繋がりは黒田も承知していると見え、政宗が二言目を発する前にそうつけたした。
「そいつらが幽霊の親玉だと、小生はあたりをつけてるわけだ。傭兵稼業は、戦がなけりゃ商売上がったりだろう?」
本拠地の雑賀荘に拠り、頭領を頂点とした組織が出来上がっている雑賀衆の場合は、戦以外にも交易や輸送を担うことによって収入を得ている。たとえ乱世が幕を閉じたとしても、自立していくことは十分できるだろう。しかし土地を持たない集団や小規模な集団の場合は、純粋に戦働きだけを収入源としていることも少なくない。
「名前も知れねえような集まりに、そんなに頭の回る奴がいるモンなのか?」
「穴道を使うなんて発想も、城詰めの兵にはそうそう考えつかんだろうが、戦のために生きてるような連中だったら考えついてもおかしくない。落ち目の宇都宮を唆して、片棒を担がせてるのかもしれん」
利用するため雇った傭兵に、逆に利用されているのではないか。契約相手を端から使用するつもりで仕事を請け負うなど、誇りを持って戦場に臨み契約を忠実に履行する雑賀衆であればいざ知らず、得体の知れない新興の傭兵集団となれば、ありえないと一笑に付すことはできない。
「ま、なんだ。これだけ情報に踊らされておいてから、小生の言うことを全部信用しろという方が無理な注文だろうがね」
「It is only half true……予想が当たってたら驚きだぜ」
話半分、と政宗が茶化したが、その目はもう笑っていない。
「それでもいまのオレは、アンタの言うことを信用するしかねえ……わかってんだろ」
蒼く鋭い視線が黒田に注がれる。片倉は主の瞳に、凪のような静けさを見た。
「黒田、アンタは幽霊に会ってどうするつもりだ?」
「通行料くらいは取ってやらんとな……というのは冗談だ。穴道を使ってそんな面白いことをやってる奴の顔を、拝んでみたくてね」
嘘とも真ともつかない口調で答える。この期に及んで腹を見せないつもりらしい。政宗は挑発的に笑んだ。
「OK. 日ノ本を導くのが竜王の責務だ。迷ってる奴がいるなら、導いてやらなきゃならねえ。ついでに、はた迷惑なghostも迷わず成仏できるように導いてやるさ」
「政宗様、それでは」
「当面の敵は豊臣じゃねえ。『軍師』の見立てが正しけりゃ、じきに向こうからお呼びがかかるはずだろ? せいぜい賑やかに馳せ参じてやろうじゃねえか」
さざなみ立つ水面のごとく、蒼がざわめき煌めく。
「またとないpartyになりそうだ」
渇いた唇を舐め、竜が笑った。
PR
01.28.01:19
16
「これは……」
横から覗きこんでいた片倉は。思わず目を見張った。包みに入っていたのは幾枚もの書状である。差出人と宛て名の組み合わせは様々であるが、どれも名の知れた武将のものだ。しかし読んでみればみるほど、それらの内容には違和感があった。書状は軍資金の都合を依頼するものや出兵の要請、敵対勢力への言いがかりじみた挑発など、全て軍事に関わるもので、確かにこのような書状が本当に出されてもおかしくはないという説得力はあった。だが、あまりに出来過ぎているもの、あからさますぎるものが多いのだ。それは、豊臣から伊達へという体で書かれたあの書状によく似ていた。
「見てくれはそれらしいが……偽物だな、こいつは」
どこか愉快そうに一枚一枚を眺めている主も、無茶苦茶だな、などと呟いているところをみると、どうやら同じことを考えているらしい。幸いというべきか、差出人に伊達関係者の名前は見当たらず、片倉はひっそりと胸を撫で下ろした。
「Amazing……どこで手に入れやがったんだ?」
「なに、拾いものだよ」
「拾いものだァ? No kidding! こんなモン落とすマヌケがそう何人もいてたまるかよ」
「言葉のあやだよ。額面どおり受け取らんでくれ。こいつを手に入れたのは穴道の中だ」
黒田軍はいま、日ノ本中を「穴道」と呼ばれる地下道で結び縦横無尽に移動するという、特殊すぎる行軍形態を取っている。地上に通じる出入り口も各地にあるが、地下に慣れない者が備えもなしに立ち入ればたちまち迷い、二度と日を拝むことはできまい。
「小生らの穴道は、実のところ全体がどれくらいの規模になっているのか、もう把握のしようがない。地図もないからな。定期的に点検はするんだが、あまり使わない道なんかは放っておくことも多い。大体そのうち勝手に崩れるんでね」
「地図くらい作っておけよ……」
「うちのはみんな地下に慣れてる。道を覚えるくらい、息をするように出来るもんだ。それに、もし地図が他人の手に渡ったら困るだろう? だったら初めからない方がいいってことだ!」
「本当か?」
「お、おう」
政宗が問うと、黒田は一瞬狼狽した。蒼い視線が注がれる。前髪に隠れた目が逸らされたのを片倉は何となく感じ取った。
「……忘れてただけじゃなくてか?」
沈黙。
「……穴掘るのに忙しかったんだよ。悪いか」
「いや、悪いとは言わねえよ。続けてくれ。よろしいですね政宗様」
「……OK. Go on」
主の言う通り、道を作っておきながら地図を作り忘れるなどうっかりもいいところであるが、これ以上の指摘をすればまた拗ねて面倒なことになるなと察した片倉は、主に目配せしながら話の行き先を押し戻した。
「まさか書状が穴道に落ちてたわけでもねえだろう。どういう経緯で手に入れた?」
「事の初めから話すとだな、しばらく前から穴道の中で幽霊を見たという奴がちらほら出ていた」
「Ghostと書状と、どういう関係があるんだよ」
「まあ聞け。穴道での作業は……」
黒田いわく。
穴道での作業は、当然ながら落盤事故や機巧事故などの危険を伴う。しかし黒田の悪運の強さが影響しているのか、事故は残念ながらかなり頻繁に起こるものの、幸いにして作業中に死者が出たことはないらしい。穴道の中で見かける屍と言えば大体が動物のもので、その他は誤って穴道に迷い込んだと思われる行き倒れの慣れの果てと、ごく稀に遭遇する程度だという。
「ところがな。行き倒れや、落盤に巻き込まれて死んだらしい屍を見ることが増えた。思い返してみれば、幽霊の噂が流れ始めた頃からだ。戦場で見る屍に比べれば屁でもない数だが、それにしたって急に増えるのは妙だろ?」
「Hum. アンタの見立ては?」
「小生らの他に、誰かがわざわざ穴道を使ってるとしか思えん」
穴道に迷い込む者が突然増える理由は、片倉も一応考えてはみたが思いつかなかった。自ら入ってくる者が増え、その結果として迷って行き倒れる者が増えたとするのが無理のない理屈であろう。しかし疑問は残る。
「地図も持たずに、そんな危ねえ橋を渡るもんか?」
「察しがいいじゃないか右目。小生もそう考えてな、いくつかの地点を見張らせてみた。当てずっぽうじゃないぞ、出入り口の位置や地勢を考えた上で弾きだした場所だ。そしたらまあ、幽霊を一人捕まえることに成功してな!」
待ち伏せが徒労に終わらなかったことが余程嬉しかったと見える。行動が裏目に出ることにかけては天才的ともいえる黒田にしては、一人捕まえられただけでも驚異的な幸運に違いない。
「何か吐いたか?」
「逃げられないとわかったら、舌を噛んで死んだよ。秘密を守ろうと思ったんだろう」
「……愚かなことを」
死ぬ覚悟を決められるのと、何のためらいもなく死ねるのとでは、全く違う。死ねば済むなどということは、どのような状況下においてもあり得ない。少なくとも片倉はそう信じている。主も、そして伊達の兵たちも同じであろう。見も知らぬ、そして既にこの世にいない者の話ではあるが、片倉は思わず眉を顰めた。
「ま、肝心の持ち物を残したままなのがお粗末なところだ。お陰で持ち物をゆっくり検めることができたがね。まったく、ああいう潔さは身につけるだけ損だな」
表情も変えずにさらりと評する黒田を、片倉は横目で見やった。この男は確かに豊臣の軍師だったのだ。割り切った物言いをされると、改めてそう思わずにいられない。
「で、出てきたのがその紙束。それから、穴道の簡単な地図だ」
「That's curious! 地図は作ってないと言ったじゃねえか」
「小生たちはな。つまり幽霊製だ……死人を出しながらも、道を調べて作ったんだろうよ」
「なら、今後はそれを使えるじゃねえか。よかったな」
「はははは……いや、それがなぁ……」
引きつった笑いを浮かべながら天井を見る黒田。隣で長政が溜息をついた。
「……なくしたんです、ここに来る前。吹き飛んでしまって……作業中に、ものの弾みが連なって。埋まってるでしょうね、ぼろぼろになって、どこかに。穴道の」
妙に穏やかな表情の長政が、片倉を見た。父親にかける言葉が見つからない、と目が言っている。片倉は首を横に振った。もう何も言うまい。
01.28.01:16
15
「は……?」
「陣羽織だよ」
「いきなり何を申されます」
「いいから」
言いつつ政宗は自分も陣羽織を脱ぎ始めた。主が脱ごうというのでは、脱がざるを得ない。片倉が困惑しながらも陣羽織を脱ぐと、主の手が伸びてきてひょいとそれを取り上げた。そして代わりに、主の陣羽織が片倉に押しつけられる。
「……うわ、落ち着かねえなコレ」
くしゃりと押しつけられた蒼い陣羽織を慌てて広げている片倉を尻目に、政宗はだいぶ丈の長い片倉のそれを羽織った。
「……政宗様」
「Ah? 何やってんだ。着ろよ」
「謹んで遠慮させて頂きます……」
「こんなときまで遠慮するこたねえだろ」
政宗はさらりと言ってのけるが、片倉にとってはこんなときもなにもあったものではない。軽い目眩を覚えながら、主の陣羽織を丁寧に畳んだ。それと同時に主が何を意図していたのかを察し、呆れ気味に息をひとつ吐いた。
「……何もこうまでされずとも」
「わかりやすいじゃねえか。なあJunior?」
「取り替える、ということはわかりました。着ているものを、ですね?」
目をぱちくりさせながら見ていた長政は、控えめに答えた。
「お前さんは勿論わかったろ」
「見かけだけ、ということだな」
「そういうことだ」
「Ha! あっちもこっちも化け比べか」
「宇都宮がやったような、ケチなもんじゃあないがね」
黒田は勿体つけるように鎖を鳴らした。
「小田原、そして八王子にいたのは豊臣の兵じゃあない。豊臣兵の格好をした、北条兵だよ」
奥州へ至る前、角土竜参號機が例によって急停止してしまい、相模の南部でやむなく地上に出た黒田は、もののついでにと小田原方面の様子を探った。するとそこで偶然、大勢の豊臣兵が北条兵に交じって作業している現場を目撃したのだ。事前に豊臣の西国出兵を把握していた黒田は不審に思い、しばらく観察を続けることにした。その後いっときは豊臣兵らしく隊列を組むなどしていたが、豊臣を知る黒田はその雰囲気に違和感を覚えずにいられなかった。さらに様子を見続けたところ、案の定それらは本物の豊臣兵ではなく、豊臣兵を装った北条兵であることがわかったのだ。
「おそらく、仕込みにはそこそこ時間をかけてるぞ、これは。会談を口実に来る時か、資材の中に紛れ込ませてかはわからんが、豊臣の一般兵とそっくり同じ装束を、こっそり運びこんでおいたんだな。都合のいいことに、最近の小田原はそこら中が作業場だ。大荷物を運んで置いておくのも、急ごしらえの陣屋もどきを建てるのにも、苦労しなかったろうよ」
人間を用意しなくていいだけ簡単とも考えられるが、装束を大量に揃えるというのも、多くの資金や保管場所が必要になる。規模の大きい豊臣だからこそ、実行できた策とも言えよう。
「しかし、そうなればますます豊臣は、宇都宮に助力する気なんざ更々ねぇということになるな」
「だから言ったろう、お前さんの推量を裏付けてやると」
小田原に兵が集まっていると思えば、宇都宮は安心して「豊臣に攻められている」ことを口実に伊達を自領までおびき出すに違いない。伊達もまた、豊臣が小田原にいるという情報を自軍の斥候が持ち帰ってきたとなれば、豊臣の宇都宮攻めを信じざるを得ない。宇都宮領まで伊達が南下してくれば、あとは双方のぶつかり合いだ。戦局がどう転ぶにせよ、豊臣の筋書き通りになる。
「斥候を襲っておきながら生きて帰したのも、伊達に誤報を掴ませるため……か」
未だ療養所にいる二人の顔を思い浮かべながら、片倉は歯噛みした。
「あの怪しい書状が届いたから、斥候を出したわけだが……敵さんの思う壺だったってことだ」
政宗は組んでいた腕を解き、羽織っていた長い陣羽織を脱いだ。すかさず片倉がそれを受け取り、主のものを差し出す。
「書状を持ってきたのも、宇都宮と考えてよさそうだな」
「大元の指示がどこから出たかは知れませんが、おそらくは」
「あ、その件なんだがな、お二人さん」
思い出したように、ふと黒田が言った。
「ほれ、網を張ってるって話をしただろう。その続きをまだ話してなかったな」
「What? 宇都宮のことならもう話したじゃねえか」
「いや、そうじゃない。お前さんにもこれはまだ説明してないぞ」
政宗と片倉は顔を見合わせた。
「倅、お前さんにあれを預けたな? 出してくれ」
「あれですか」
「あれだ」
長政は立ち上がると、腰に巻かれていた擦り切れ気味の帯をくるくると解いた。すると、中にしまいこまれていた平たい紙包みが、軽い音をたてて床に落ちた。
「これですか、あれとは」
「そう、これだ。……今回は事情が事情だからな、特別に見せてやるよ」
長政は包みを拾い上げると、政宗に手渡した。政宗は受け取った包みをしげしげと眺め、開けた。
「……!」

