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なまもののさけび

とりあえずつらつらとかきつらねます

05.30.01:46
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  • 05/30/01:46

10.08.16:33


 政宗を居室へ送り届けたのち、片倉は療養所へ戻りそれぞれの部屋へ顔を出して歩いた。忙しなく動き回る医者や薬師たちを労い、入所している兵に具合はどうだと声をかける。すっかり大所帯になった伊達をまとめていくには、一兵卒といえども決してないがしろにされず、顧みられる場であることを兵たちに印象付けておかねばなるまい。みなそれぞれに、己が大勢の中の一人でしかないことは自覚していようが、だからといって上役に声のひとつもかけられないというのは寂しかろう。不安の種にもなる。膨らめばやがて、疑心暗鬼の芽が顔をのぞかせる。そうなってからでは、遅い。ゆえに、片倉は暇を見つけては城内・城下を歩き回り、兵たちのもとへ顔を出している。特にこの療養所には、伊達に来てから日の浅い者が多い。念入りに声をかけておくにこしたことはないのだ。
 これは政宗の意向でもあった。彼自身、最近は兵のところへ顔を出すのを口実に執務室から雲散霧消するようなことも度々あり、片倉が頭を痛める原因にもなっているのだが、こればかりはきつく諌めることではないと片倉は思っている。伊達の大天井を支える屋台骨、そのさらに土台の部分を、政宗は固めているのだ。
 片倉にとっては実のところ、本意にかかわらず新入りにならざるを得なかった兵たちに対して「常に見られている」ことを暗に示し、妙な気を起こさせないようにする意味も含めての声かけなのだが、主の心中もまた同じかどうかはわからない。わからないが、少なくとも政宗は片倉に「それでいい」と言ったのだ。この件における主従間、多くを語る必要はなし。聞くだけ野暮である。
 部屋の戸は開け放たれている。空気を入れ替えるためだろう。
 八郎は布団の上で書を読んでいた。隣には若い男が座し、何事かを話している。
「あ……小十郎様」
 片倉の姿に気付くと、男が居住まいを正し頭を下げる。八郎もまた、書から目を上げ背中を丸めるようにして会釈した。顔の包帯こそまだとれないが、近頃の八郎は一人でだいぶ動き回れるようになっており、療養所の中を歩いたり、こうして部屋で書を読んだりして過ごしているようだった。
「順調に治ってきてるそうじゃねえか。医者が喜んでたぞ」
 八郎はもうひとつ会釈すると、書を閉じようとした。
「いや、構わねえ。長居はしない」
 片倉が言うと、八郎は痩せて落ち窪み気味になった目をゆっくり動かして片倉を見つめ、またひとつ会釈した。
「……孫子か?」
 何気なく文面を見やった片倉が問う。八郎が頷き、頁をつまんで、めくる。八郎は手指と腕が長い。こうして座しているのを見ても、それとわかるくらいだ。片倉は八郎の手元から、若い男の方へと視線を移した。
「オメェは確か、三治だったな」
 唐突に名を呼ばれ、男の肩がびくりと跳ねる。
「はい。自分も昨日まで、ここのお世話になっておりました」
「そう固くなるな。怪我はもういいのか」
「はい、もうすっかり」
 まだ緊張が抜けきらない様子ではあったが、三治は笑顔を見せながら答えた。幼さの残る表情とは裏腹に、その顔面にはいくつもの傷が走っている。
「八郎様に孫子を習っています。主の助けになればと」
「ほう、立派な心がけだ。政宗様もお喜びになる」
 片倉は素直に感心した。勢いの良さとガラの悪さが売りと言っても過言ではない伊達軍に、兵法書読みが増えるのは大歓迎だ。
「小十郎様は、やはり兵法を学ばれましたか」
「一応、一通りはな」
「書物を諳んじたりもされるのですか」
「習いたての頃にはよくやったが、丸覚えで満足しているようじゃいけねえと思い始めてから、俺はあまり重視していない」
 腰を下ろしながら答える。字面をそのまま取りこんでも、それを字面通りに実行できるかどうか、そして実行することがよいのかどうかはまた話が別であることを、片倉は場数を積むうちに理解したのだ。
「では、しない方がよいのでしょうか」
「諳んじるのは悪いことじゃねえ。要は頭でっかちにならねえことが大事なんだ」
 三治は片倉の言うことひとつひとつを熱心に聞いていたが、ふと眉尻を下げて苦笑した。
「自分は物覚えがよくない方なので、書物を丸ごと覚えている人などは、それだけで大いに尊敬してしまいます。ですが、その……小十郎様は、そういった人を取るに足らぬとお考えですか」
 歯切れ悪く言い終えた三治が何を言わんとしているのか、片倉には察しがついた。そんな人物を尊敬する自分もまた、取るに足らぬと考えられてしまうのか、と。
「……頭でっかちになるなと言ったが、それはひとりでいるときのことだ。覚えている本人が持て余しても、別の誰かが上手いこと使ってくれるかもしれねえ。きっちり覚えて忘れねえ、その一点を極めたような奴がいるならば、そいつは十分尊敬に値するだろう」
 自分にしては、喋りすぎているかもしれない。片倉は内心思ったが、不思議と口を噤む気にならなかった。
「三治、オメェは自分を物覚えがよくないと言ったが、だったら物覚えのいい奴が覚えていることを、上手く引き出して活かしてやれるような男を目指せ。勿論、まずは自分も学ばなけりゃ話にならねえが、覚えることにはこだわらなくていい。どうだ」
 やや唖然と、目を丸くして聞いていた三治は、どうだ、と問われて我に返ったような顔をしたが、片倉をまっすぐに見つめて力強く頷いた。片倉も満足げに頷き返す。そして、こちらに注がれる八郎の視線に気付いた。珍しいものを見るような目をしているのが、目だけの表情で逆にありありとわかった。片倉は思わず、無意味に咳払いをひとつして渋面を作った。
「……邪魔したな」
 立ち上がり、部屋を出る。視界の端に、頭を下げる三治の姿が見えた。

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