05.30.01:46
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05.15.21:32
モブ又
の「モブ」というときには(汎用モブおじさん的な意味は脇に置いておくとして)、どうやらあの創世ルート道中に出てくる鉢巻(?)モブの彼を指していることが比較的多いような気がしているのですが、個人的には終始ナレーション担当をしている甲冑モブ(横傷さんと勝手に呼んでいます)の方に目が行ってしまう緑川です。
横傷さんはどうも古株っぽいのといくらか年がいってそうなのとで、よく知っているしよく考えるけれど、その代わりに鉢巻君ほど単純にも素直にもなれないので、結果として諦観が先に来るという、良くも悪くも大人な感じがするように思われます。
そんなわけで、横傷さん→後藤のような、横傷さんの後藤観のような短文が追記から始まります。
狂人を装う者はやがて狂人になるというが、あの方は狂人を装い切れず、しかし正気のままでもいられず、その揺らぎゆえにあたかも真の狂人であるかの如く我々の目に映っているのではと、独り言に孫子を諳じている姿などを見るにつけ思わぬでもないのだが、果たしてそれが実であったとして、あの方は揺らぎを装いの狂であると看破されたが最後、最早一刻たりともまともに息をしていられないのではなかろうか。
あの方がご自身で狂を棄てる術を見出ださない限りは、己が高潔なる自尊心のために狂った憐れで恐ろしいお方と扱い続けることが、徒にその正気を喚起するよりも、あの方にとっては幸せかもしれない。そう考えれば考えるほど、あの方に触れてはならぬという、おそれにも似た思いが募るばかりである。
塵芥にも等しい我々が、触れたところで一体何になろう。
流れ出るものが増えるだけならば、触れることで得られるものなど、あの方にも我々にも、何一つないのだ。
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