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なまもののさけび

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  • 05/26/18:24

05.11.22:33
アンソロ寄稿作「おやこ六弥太」についての諸々


アンソロ『日本史C』には通販限定解説本(各作品作者からのコメンタリー収録)がつくそうで、私も寄稿させて頂きました。会場販売分にはついていないものということで、こちらにも作品解説を掲載してもよいか唐橋様に問い合わせたところ快くOKを頂きました。ありがとうございます。
というわけで、以下追記よりアンソロ寄稿作品「おやこ六弥太」の作品解説というか、元ネタ解説みたいなものが始まります。解説本収録分+αの内容となっております。読んでいない方には無論ネタバレになりますので、ご注意?ください。




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今作のベースになっているのは、以下の話です。
①六弥太忠澄は長い黒髪と乳房をもつ女性的容姿だった。
②六弥太忠澄は子がなかったため子授けの祈祷を僧に頼み息子を授かったが、女児を男児に変える法だったため息子の乳が垂れ下がった。
③六弥太忠澄の息子も六弥太と名乗った。

系図によれば「六弥太忠澄」の息子は「広澄」「景隆」だそうです。①では「六弥太忠澄」に乳房があったことになっていますが、②からすると乳房があったのは「六弥太忠澄」ではなく「広澄」か「景隆」ということになります。しかし彼らの名前が出てくる伝承などは見つかりませんでした。③を見るに「六弥太忠澄」と「広澄」「景隆」との間で伝承の混乱があったのかもしれません。ただし「広澄」「景隆」のどちらが「六弥太」を名乗ったか、また本当に「六弥太」を名乗ったかは不明です。「六弥太忠澄」が②のような理由で祈祷を頼んだなら、子授け・子育てのご利益はやや不自然に思われます。①のように「六弥太忠澄」本人が女性=ご利益を受ける対象に近しい容姿の方が、墓石のご利益が期待できそうです。
以上の話に「六弥太忠澄」の戦歴、史料上で「六弥太忠澄」の生没年が確認できないこと、『平家物語』に出てくる「六弥太忠澄」の話を混ぜて出来上がったのが「おやこ六弥太」の「岡部六弥太」というキャラクターです。かれは秘法によって「娘」の素から生み出された「息子」であり、「母」から産み直された「父」でもあります。体のつくりに「母」から受け継いだ「娘」の要素を残し、「息子」として過ごす現在と「父」として過ごした過去を併せ持つ、不思議な「おやこ」の存在です。タイトルの「おやこ」がひらがな表記なのは、男親女親、男児女児、そこらへんの境目がうやむやな感じを意識しています。作中で六弥太を指す代名詞が「かれ」というひらがな表記なのも、性別不明さを出したかったがゆえだったりします。
表記についてもうちょっと言うと、六弥太の台詞では「私」と「わたし」を使い分けています。「親の六弥太」について、または「親の六弥太」の立場で話すときは「私」という漢字表記、「いまここにいる六弥太」について、またはその立場で話すときは「わたし」というひらがな表記にしました。六弥太の意識の中で記憶が区別されていることを表したかったのですが、表記が統一されていないことに疑問を感じた方もいるかもしれません。
そんな六弥太の口調は、訛っている猪俣小平六範綱と対比的に敬語ベースで設定しています。ぶっちゃけ小平六を訛りキャラにしたかったというのがまずあるんですが、記録上の「六弥太忠澄」は(特に小平六や他の武蔵武士と比べたときに)あんまり豪快なエピソードが見当たらなかったので、訛りでガンガン喋るような雰囲気じゃなさそうだなと思ったんですね。そして今作ではちょっと不思議ちゃんな雰囲気も出して欲しかったので、敬語キャラになりました。
ちなみに、小平六が喋っているのは秩父弁と上州弁のミックスです。この頃の武蔵武士がどんだけ訛ってたのかはわかりませんが、作者の経験に基づき書きました。埼玉にだって訛りはあるんだぞという主張は今後もしていきたい所存。
小平六には、肝と神経が太く現実主義者的ながらもふしぎな出来事と親和性が高い、という謎のイメージを抱いています。彼の事を詳しく考えた物語も、いつか書いてみたいです。

岡部忠澄のお墓はぐぐる地図で「岡部六弥太忠澄之墓」と調べてもらうと早いんですけど、JR岡部駅からしばらく行ったところの中山道からさらにちょっと外れた畑ん中の民家の隣にあります。何とストリートビューもあります。昔は雨ざらしだったそうですが、いまはきちんと屋根囲いをしてもらっています。囲いの隙間からでも墓石のへこみが確認できますよ。
猪俣範綱のお墓は地図に載っていませんが、「猪俣 高台院」でぐぐる地図を調べると菩提寺が出てきます。ここからちょっと山の方へ入ったところにあります。こちらは地図にも載っていないだけあって、未だに雨ざらしです。


……実はこの二人のお墓は神奈川県にもあるんですが、そっちに関する詳しいことはサイトのNS_HページのLog内にレポがあるので、そちらをご覧ください(このブログからは左メニューの「サイトのトップへ」で移動できます)。置いてある場所へはNH_S→Log→仮想14c→左メニューの「文置き場」→「レポ系」で。


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