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なまもののさけび

とりあえずつらつらとかきつらねます

05.26.18:24
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  • 05/26/18:24

06.17.18:17
アフターフェスト


季節的にちょっと早い気がする話。
暗い。相変わらず暗い。じめじめしている。
そんな感じの、色んな意味でカビくさい草ヒバです。
微妙に気持ち悪い表現があるのでご注意。



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 水のにおいがする、と。
 本当に嗅覚が捉えたというよりかは、水の音が聞こえてきたときのにおいがそのまま水のにおいと勝手に認識されたと言った方がよさそうだったが、なにはともあれうだるような昼下がり、草壁哲矢は水の気配を感じて、縁側をひょいと覗いてみたのだった。

「金魚」

 確かにまあ、金魚だった。
 差し出された白い左手。水でぱんぱんに膨らんだビニール袋の中で、赤い金魚がしきりに尾ひれを動かしていた。
「余ったから持っていっていいって」
「夏祭りの屋台ですね」
「うん、そう」
 草壁は、庭に突っ立って散水ホースを持った雲雀の右手を見て、サンダルをつっかけたその足元に置いてあるバケツを見て、バケツに八分目ほど入った水が白く光を反射しているのを見て、その光を白い腕に受けている雲雀を見て、
「カルキ抜き、入れましたか?」
 とりあえず、そう聞いたのだった。



 金魚を入れる前に、カルキ抜きを入れましょう。水道水じゃ飼えません。
 草壁の言った言葉を雲雀が一年後も覚えていることは、ごくごく稀である。しかし奇跡的に雲雀は今回それを覚えていたらしく、もう入れたよ、と縁側の端に転がっている容器を顎でしゃくった。少し得意げな風にも見えた。
「ポンプ、どこへ片付けたの」
 ポンプで空気を入れてやらないと窒息してしまいます。
 驚くべきことにこれも覚えていたらしい。早く持ってこいと言わんばかりの顔で草壁を見ると、用済みになった散水ホースをぽいっと庭へ放り出し、空になった右手にバケツを持って歩いてくると、縁側にそれを置いた。たぷん、と水面が跳ねた。



 その後おおよそ三日の間、金魚はバケツの中を悠々と泳ぎまわるのである。





 まず、尾が溶けて。
 それから、ひれが溶けた。
 雲雀はそれを、ただ見ていた。
 左目が濁って。
 鱗が白くなった。
 雲雀はそれを、やっぱり見ていた。
 だんだん動きが鈍くなって。
 半透明のふよふよしたものが生えてきた。
 雲雀はそれを、ずうっと見ていた。

 白く透き通った黴が赤い金魚を侵していくのを、じっと見ていた。

 雲雀は、何も言わなかった。




「尾がなくなったら、金魚って生きていけるの」
「さあ……泳げなくなるわけですから、生きていくのにかなり不便なのは間違いないでしょうが」
「だろうね」
 雲雀はわかっていて聞いたのだということを、勿論心得ていた草壁である。
 足元においてあるバケツを見下ろす。鈍い動きで浮き沈みを繰り返している、白っぽい塊が見える、
「きっと、放っておけば死ぬんだろうね」
 そう言いながらバケツの傍にしゃがみこんでいる雲雀の頭を見下ろしながら、この人はこのまま放っておくのに違いないと草壁は確信した。だからそれ以上何も言わずに、バケツを持って歩いていった雲雀の背中を黙って見送ったのである。ちゃぷんちゃぷんと、水の跳ねる音がゆっくり遠ざかっていった。




「見殺しにしたと思ってるの」
「生まれて生きて勝手に死んでいくものだよ」
「何が見殺しなの」
「ねえ、何が」
「死んでいくのが自然なことだろう」
「違うの」
「どうして」
「ねえ、見殺しって何」
「助けないといけないの」
「助けないといけないと思ってるの」
「助けられると思ってるの」
「何なの」
「それが当然だとでもいうの」
「そんなの」
「そんなのは驕りだよ」
「だって、そうだろう」
「なんでもできると思っているから」
「だから、それが当然だと思うんだろう」
「大した義務感だね」
「こんなの」
「ただ、自然なことじゃないか」



 ぶよぶよとバケツの中で浮き沈みしていた白っぽい塊を、網ですくって外へ出した。


 草壁は金魚の死骸を紙に包んで、庭の隅へ埋めた。雲雀は縁側に腰掛けて足をぶらぶらさせながら、それを見ていた。草壁が穴に土をかぶせ終えて戻ってくると、縁側から降りてサンダルをつっかけながら歩いてきた。
「……」
 何も言わずに、雲雀は草壁に抱きついた
 草壁も、何も言わなかった。
 もしかすると何か雲雀は言いたかったのかもしれないが、それでも雲雀が何も言わなかったのだから、それでいいのだろうと草壁は思った。何がいいのかと聞かれても困るがそれでも、いいと思った。

 雲雀は草壁に抱きついたまま、長いこと離れようとしなかった。

 実のところ何がしたかったのか、雲雀自身もよくわかっていなかったのだけれど、ただ、なんとなく、そうやっていたかった。シャツ越しに触った草壁の背中が、硬いような柔らかいような、妙な感触だった気がしたのだけれど、ぐにぐにと、意味もなくずっと触っていた。そしてとても暑かったのだけれど、でも、ずうっとそうやっていた。そうやっていながら、あのぶよぶよとした白っぽい塊のことを考えた。あれはそういえば元々魚だったけれど、もしもあれを食べたらどうなっていただろう、なんて。

「……腐って死ぬのは、痛いんだろうか」

 雲雀にも草壁にも、わからなかった。



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