05.28.01:21
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04.13.21:55
無印
ひとほどきもちのわるいせいぶつもいないだらうね。
ひとのかんぜうがもうすこしひんさうなものだつたらよかつただらうにとおもへてならぬけふこのごろにてござひまする。さうおおげさなことをいふわけではありませぬがただほんたうにもうすこしひとのかんぜうがひんさうでじみでうすひものであればよかつたのにとおもふのであります。なぜにひとといふいきものはああもしてみずからのかんぜうをつつみかくしもせずへいきでおもてにだすことができるのかわたくしはふしぎでしかたがないのであります。こじんのもつかんぜうはどこまでいつたとしましてもこじんのものいがいにはなりえないものなのでありますからしてそれをじぶんいがいのたれかにつたへやうとしましてもほんたうにつたはるのはそのうちのいくばくにもならないとわたくしはつねひごろからおもふのであります。ひとがたれかにつたへたひとおもふかんぜうはおおまかにいくつかにぶんるいできるとおもわれますがそのなかでもとくにぞくにいふふのかんぜうなどといふものはこれほどぶつけられてこまりはてるものはないのでござひます。わたくしがたれかでないかぎりそのたれかのかんじましたいかりやかなしみやけんおやらをりかいすることなどふかのうでありしかしそれをそれといつてしまへばひととしてのせいかつにししゃふがでてしまふのではないかとおそろしくてしかたがないのでござひまする。わたくしはただのひとでござひますからひとのめがおそろしくてしかたがないのでござひまする。わたくしのかんぜうがひとのめにふれたときそのかんぜうはたにんにどのようにみられおもはれるかをかんがへただけでもおそろしくてしかたがありませぬ。そのやうにおそろしいかんぜうのかたまりをたにんからぶつけられてしまへばわたくしはおそろしくてなにもできませぬ。ただひたすらにわたくしじしんのかんぜうはこのやうなものではないとひていしているやうすをそれとなくしめしつづけることでわたくしじしんをまもることしかできませぬ。わたくしはたにんのかんぜうをきゃうじゆするきもなければあへてひていするきもありませぬ。ただわたくしにはかんけいのないたにんさまのかんがえなのだといふことをつねにまわりにわかつていてもらおうとしているのであります。わたくしがそのやうなかんがへをもつたにんげんであるなどとおもはれたくはありませぬ。そのやうなかんがへをおくめんもなくくちにできるにんげんであるなどとおもはれたくはありませぬ。わたくしはわたくしがおろかでりこてきでばをわきまえぬにんげんだとはおもはれたくはありませぬ。わたくしははわたくしがほんたうにおもつたことのみにたいしてどういするのみであります。どういしかねるいけんやかんぜうにはただあいまいにあいづちをうつのみにとどめておかぬとわたくしはこわくてしかたがないのでござひまする。わたくしはこじんてきないけんのみにてたにんをかたることをこのみませぬ。わたくしはきゃつかんてきないけんとせいろんにもとづいてたにんをかたることのみをいたします。わたくしがこじんてきないけんのみをかたることはありませぬ。わたくしはわたくしのこじんてきないけんがたにんにしられることをなによりもおそれそれをひたすらにわたくしのないぶにとどめやむをえずいけんをいはねばならぬばあいにはそれとわからぬようきゃつかんてきないけんをまじへていけんをいふのであります。わたくしはそうしてみをまもるのであります。わたくしはわたくしのいけんとくいちがうかんがへをもつひとびととどうとうにみられることをよしとせずしかしそれらのひとびととのつながりをきるきもござひませぬ。しよせんわたくしはおろかなにんげんのひとりにしかすぎぬのであります。わたくしはひとがどのやうないけんをもとうとくちをだすやうなことはいたしませぬがそれをふとくていたすうのめのまへでだうだうとこうがひすることをよしといたしませぬ。わたくしはわたくしのしんにおもふことをふとくていたすうにしられることをなによりもおそれはじるのみにござひまする。またわたくしはわたくしのまへでだれかのしんにおもふことがふとくていたすうのまへにさらされることをなによりおそれきらふのみにござひまする。わたくしがおもふにひとがしんにおもふことそのいけんといふものはむやみやたらにおもひついたばでくちにするのではなくばをわきまへたうへでくちにすべきものであるとおもふのであります。わたくしはわたくしといふこのちいさくあはれでおろかないきもののほこりとあんぜんのためにわたくしのいけんをそのまますぐにおほやけにすることをてつていてきにさけていくしよぞんにござひまする。
なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。
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