06.01.13:11
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03.20.22:29
ワンハンドレッダンドセヴンティセヴンセンティミードル
野球馬鹿が人知れずふさぎ込む話。
背が高いことに精神的なメリットは何もない、というのが彼の経験から導きだされた答えである。
例えば獄寺は自分が山本より背が低いことが気に食わないみたいで、けれども山本自身にとってはどうしてそんなことが気に食わないのか全く理解できない。獄寺に限ったことでなく、身長の高さを羨ましがる他の人間の心理を、全く理解できない。男の成長期は普通遅く来るものでもちろん身長だって放っておけばもっと伸びるのだから、今すぐに高くなる必要なんて何もないだろうと思うのだが、そういうことを言ったとき獄寺なんかは決まって他の奴からガキ扱いされるのが嫌だからだとかなんとかと言った。
子供扱いされるのが嫌だと思うことって、とてもとても贅沢なことだ、と山本は思っている。
子供の世界というのは動物の世界と価値観が似ていて、たとえば自分と同い年でも自分より大きければなんだか自分より偉い人間のように見えてしまうらしい。見えてしまうだけでなく実際に自分よりも大人びていることが多いと他の人は言うけれどそんな訳あるかと山本は声を大にして言いたい。
周りにそういう大人びた人間としての扱いを受けていると、なんだか自分もそういう大人びた振る舞いをしなければならないような気がしてきてしまって、世間じゃ背伸びをするなんて言われるけれども自分のサイズじゃ背伸びというよりはそれが当然くらいにしか周りに思ってもらえなくて、中身としての年齢なんか無視されて見た目の大きさだけで判断されてしまうことが多々あって、それがとてもとても悲しくて、けれども年齢相応に扱って欲しいなんてことが言える訳もなく、万が一そんなことを口に出そうものならきっと幼稚だと失望の目を向けられるのが関の山に決まっているし、残念なことに自分は負けず嫌いだから必死に大人らしく振る舞おうとする周りの友人たちにそんな目を向けられてしまうのが我慢できなくて、そういうわけで悪循環になっているということに彼自身気づいていて、けれどもそれをどうにかすることも出来なくて、もどかしく、寂しかった。
子供が子供として扱ってもらえないことって、とてもとても寂しいことだ、と山本は知っている。
そうしてそんなことをやっているうちにきっと子供が子供でいられる時間はさっさと過ぎてしまって、そうしたら中身まで本当に大人になってしまって、子供らしく扱ってもらえる機会を永遠になくしてしまったりしたらこれはもう人生におけるとんでもない大惨事だ、と山本は思っている。けれど自分はまさに今そういう状況で、このままいけば確実に大惨事になってしまう訳で、そんなことはとてもとても嫌なのだけれどどうしてかそれを心のどこかで既に諦めてしまっている自分がいることに薄々感づいていて、そうやってただ今の状況を享受しているだけでは何も変わらないと知っているくせに何も出来ないでいる自分が惨めで、でももしかしたらこれはいつまでも子供でいようとする自分を本当に大人にしようとしている自分の中の大人な部分が原因なんじゃないかなどと考え始めると、子供らしく扱って欲しいなどと思うことは自分のためにならない悪いことなのではないかと疑いたくなってしまうのだが、それでも彼はやっぱり大人扱いされるのがとても嫌だった。
嫌だったし、寂しかったし、悲しかったし、要するに、山本はまだ子供でいたかった。
まだ子供でいさせてください、と山本は今でも言えないでいる。
まだ子供でいさせてください、と山本は今でもそれを言う相手を見つけられないでいる。
いつか大人になったときにこの想いがぶり返してくるのではないかと考えると、これ以上怖いことはないと山本は思った。
子供になりたい大人なんておかしい。
けれどもそうして考えてみたら結局自分の頭でもそういう認識をしていたということに気づいてしまって、これじゃあ他の人に解ってもらうことなんて無理なままで、大惨事になるしかないと山本は思った。
ああ、日本の基準であと6年しか残っていない。
こんなことを考えていると知れれば少しは子供らしく扱ってもらえるだろうかと考えて、むしろ逆効果だろうという結論に達して山本は悲しくなった。
俺の身長が、あと10センチ低かったら!
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