05.31.13:07
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03.11.17:47
三本辻に埋めてやると良いよ
日常の中の非日常。
芝生頭と風紀委員長と、
「三本辻に埋めてやるといいよ」
「三本辻ならどこだって構わないから」
「三本辻に埋めておいでよ」
午後四時四十七分
「ところで、それは君のだったの?」
「俺の、とはどういう意味だ?」
棒きれで土をがっすがっすとほじくり返しながら、聞き返した。
「君の所有物だったのかって聞いてるんだよ」
「飼っていたわけではない。今朝見つけたのだ」
「じゃあ何でこんなことするの」
「放っておいては可哀相ではないか」
「生き物なんて死んで当然じゃない」
「死んだのが可哀相だと言っているわけではないぞ」
「何だか知らないけどそもそも、可哀相だとか思う辺りから僕には理解不能だね」
「構わん」
適当な深さまで掘ると、脇にあった薄っぺらい紙箱を中に入れ上から土をかけて埋めた。余った土を掻き集めてたしたしと手で叩き、綺麗な土饅頭にすると
「よし」
手についた土をぱんぱんと落としながら、立ち上がった。
「気が済んだ?」
「少し待っていてくれ」
噛み合わない返事を返し、少し離れたところに転がしてあった鞄を引っ掻き回して板きれと油性ペンを取り出すと、しゃがみ込んでむうと小さく唸った。
「猫の墓、と書けば良いだろうか」
「ワオ、そんなものまで用意してきたのかい?」
「用意出来たのだ」
よくわからない返事をすると、見ようによってはかなりの達筆に見えなくもない字で「猫の墓」と板きれに書いて土饅頭に立てた。それからペンをポケットに捩じ込み、土饅頭の前で目を閉じ手を合わせた。2m程後ろに雲雀がいることなどすっかり忘れているようにも見えた。ややあって、了平はぱっと目を開けると
「帰るか」
何事もなかったかのように、笑ってみせた。
この男はこんな顔をして笑っただろうかと、雲雀は奇妙な違和感を覚えたが何も言わなかった。
午後三時五十三分
並盛中学校風気委員長は、挙動不審の芝生頭を観察していた。
雲雀にしてみれば笹川了平の挙動不審は今に始まったことではないが、今日は一段と不審だった。何かまた馬鹿なことをやっているのだろうかと思いこうして少し離れた場所から見ているのだが、了平は道端の段ボール箱の前にしゃがみ込んだまま動こうとしない。雲雀が了平を発見してからずっとそれ以外の動きは何も見せないのだが、笹川了平が修行とは到底結びつかないであろう体勢で長い時間じっとしている、という時点でかなり異常な事態だった。
一体どれくらいその背中を見ていたか知れないが、雲雀がそろそろいい加減に飽きてきた頃。了平は思い立ったように段ボール箱を抱えて立ち上がった。そして振り向き、雲雀と目が合った。
「雲雀」
驚いたような、そうでもないような口調。普段より少々喧しさに欠ける、と雲雀は思った。
「何してるの」
「猫を埋めてやりたいのだ」
「埋める?おかしなものに目覚めたね」
「今朝まで元気だったのだ」
「……死んだの?」
「死んでしまった」
今朝まで元気だったのだ、と了平はもう一度言った。あまりに足りない説明ではあったが、雲雀には相手の言わんとしているところが理解出来た。
「……埋めるって、どこに」
「今から探しにいく」
「まさかその箱ごと埋める気じゃないだろうね」
「駄目か」
「当たり前じゃない。……もう少し小さい箱はないの」
了平は段ボールを足元に置いて、背負っていた鞄を漁った。箱は見つからず、代わりに美術の授業で使った厚紙の余りが出てきた。雲雀がそれを使えば良いと言うと、了平はどうやって使えば良いのだと真面目な顔で聞いた。
「それで箱を作れば良いでしょ」
「そんな極限に器用なことは出来ん」
「呆れた。展開図書いて切るだけじゃない」
「おお、そういうことか」
感心したように言うと、早速鉛筆で厚紙に線を書き始めた。が、勿論机の上でやっているわけではないからかなり酷く曲がったものになってしまった。うんうん言いながらあれこれ試行錯誤した結果、最終的には折り目を付けてからやれば良かろうという(了平の要領の悪さに痺れを切らした)雲雀の助言で解決した。
とは言うものの、出来上がった箱は随分不格好なものになってしまった。これなら底も蓋もあるから大丈夫だ、と了平は満足げに言った。もっと綺麗に作れるのに、と雲雀は少々不服そうに呟いた。
「厚紙じゃなければ、折って作れたかな」
「折り紙か」
「その方が余程綺麗だったと思うね」
「どっちにしろ俺が作るのだからさほど変わらんだろう」
それもそうだと雲雀は心の中で納得した。
できたての紙箱の中に、冷たくなってしまった茶色の子猫が、了平の手によって静かに収められた。バンデージの巻かれた無骨な手が子猫を段ボール箱の中からそっと抱き上げ、「棺桶」に運んでいく様子を雲雀は無表情に眺めていた。了平は再び鞄を漁り、ラップに包まれた何かを取り出した。
「……何それ」
「煮干しでもあれば良かったのだが」
「こんな小さい猫、煮干しなんて食べられないよ」
「蒲鉾なら食えるかもしれんと思って残しておいたのだ」
「同じことだと思うけど……っていうか、何で学校に蒲鉾なんて持ってきてるのさ」
「調理実習で蒲鉾を持って来る係になった」
「ふうん。君が料理してるところって、想像つかないと言うかしたくないな」
「飯は炊けるぞ」
「それを料理と言うかどうかは微妙だね」
包んでいたラップを剥がして紙箱に蒲鉾を入れた。子猫が小さい所為か箱が小さい所為か、それとも両方か、ピンクと白のその物体が異様に大きく見えた。これじゃ猫のための棺桶だか蒲鉾のための棺桶だかわかりゃしない、と雲雀は内心思ったが何も言わなかった。
午後四時十九分
「で、それをどこに埋めるつもり」
「これから考える」
「あんまり変なところへ埋めないでよ」
「わかっている」
両手で紙箱を持って突っ立ったまま、了平はしばらく動かなかった。また固まった、と雲雀が思っていると突然歩き出した。
「どこ行くの」
「あっちだ」
アテにならない答えを返し、そのままずんずん歩いていった。雲雀はそれを10mほど見送ってから後に続いた。ここで帰ってしまっても良かったが、どこへ埋めるのかだけ見てから帰ることにした。
やってきたのは、町外れにある寺の近くの林だった。この辺りは猫が多いから寂しくなかろうと了平は言った。死んでいるのに寂しいも何もあるものかと雲雀は言ったが、了平はそれを聞いていたのかどうかわからない。どこか良さそうな場所はなかろうかと辺りを見回しては、ぬうと唸って移動しまた見回す。猫の好きそうな場所があるだろうかと了平が言うと、それならと雲雀は言った。
「三本辻に埋めてやるといいよ」
「三本辻?」
「道が三方向に伸びてるところ」
「三本あれば良いのか」
「うん」
「どこでも?」
「三本辻ならどこだって構わないから」
「そうなのか」
「うん、だから三本辻に埋めておいでよ」
「しかし何故三本なのだ」
「猫は三本辻が好きなんだよ」
「それは極限初耳だ」
道が丁度三本合わさっている場所を見つけるのは、意外に難しかった。歩き回ってようやく見つけた時になって、雲雀は自分がすっかり帰りそびれていることに気付いた。しかし、ここまで来てしまったのだから今帰ろうが猫を埋めてから帰ろうがどうせ遅くなるのだから同じだと思い、芝生頭が薮から棒切れを引っ張り出してきて道の脇に穴を掘り始めたのを黙って眺めていた。
午後五時十三分
猫が三本辻を好むという話をどこで聞いたのか、雲雀はよく覚えていなかった。もしもそれについて何か聞かれたら適当に返しておこうと思ったが、「帰るか」と言って歩き出してからずっと黙りこくっている芝生頭にそんな素振りは見られなかった。気持ち悪い、と雲雀は思った。何がどう気持ち悪いのか判ってはいたが、それが本当に原因かと言われれば確信は持てなかった。普段滅多に感じることのない居心地の悪さに、雲雀は苛ついていた。
「猫に」
だから、唐突に了平が口を開いた時に
「は?」
酷く不機嫌そうな返事をして横目で睨みつけた。
「帰りにまた会いに来る、と言ってそのまま学校へ行ったのだ」
普段であれば何だその返事は、くらい言いそうな了平が何も言わなかった所為で、少しばかり拍子抜けした。またしても了平は黙って、前方をじっと睨んだまま歩き続けた。
「……朝見つけた猫が帰りにはもう死んでた、からショックでも受けてるのかい?」
「わからん」
この男は思ったこと感じたことをそのまま言う。たとえ自分の感情でも、よくわからなければわからないとキッパリ言う。だから本当にわからないのだろう、と雲雀は認識した。
「なあ雲雀」
了平は不意に足を止め、睨んでいた空から視線を外して
「猫はどうして死んだろう」
至極真面目な顔で、問うた。
しばし沈黙が流れたあと真っ直ぐにその目を見て
「持っているいのちが終わったからだよ」
と、答えて歩き出した。了平はそうか、と納得した様子で呟いた。
猫が死んだ具体的な理由を聞いているわけではないのだと雲雀にはわかった。もっと違う根本的な何かが知りたいのだろうと、雲雀にはすぐわかった。わかったが、それをどう答えれば良いのか迷った。雲雀もその答えを知らなかったのだ。命が終わったからだという月並みで陳腐な回答しか、手元になかった。ことの重大さを全く自覚せずに無邪気な質問を投げかけてきたこのガサツな芝生頭を、今更ながら疎ましいと雲雀は思った。また、そんなありふれた回答で素直に納得出来る単純な脳味噌を、ある意味羨ましいと思った。
「なら、雲雀」
いくらも経たぬうちに再び声をかけると
「猫は、いのちを極限に使い切ることが出来たのだろうか」
真面目を通り越しむしろ深刻そうな顔で、問うた。
雲雀は了平の顔を穴が空くほど見てから
「きっと」
短く一言返した。
「よかった」
そう言って笑った顔は、いつもの眩しさと煩さと暑苦しさを取り戻していた。
幸せな頭だ、と疎ましく羨ましく思いながら、夕焼けに照らされた笑顔を視界から追い出した。
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