05.29.02:59
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02.14.12:22
人魚の首
昨年末に頂いていたγ幻短編リクエストです。
短編、と言いつつ元々オフライン用だったものなので長くなってしまった上、内容が色々酷いです。そしてこれのどこがCPなのかなんていう根本的な話は緑川が聞きたいくらいでs(最悪
連載ともう一つの短編は今しばらくお待ちをっ……(土下座
※若干グロテスク、不謹慎な表現を含みますのでご注意ください。死ネタではありませんが死体の話が出るので苦手な方は閲覧をお控えください。
「人魚の首」
改めてもう一度ゆっくりと落ち着いて考えてみる。どっちだ。この男がおかしいのか、自分がおかしいのか。この男が常識からずれているのか、自分の信じていた常識が間違っているのか。
そして恐らく自分に誤りはなかったに違いないとガンマは仮定する。
少なくとも、寝台の約半分の面積が本で埋め尽くされているという横着も甚だしい光景を常識的と言わなかった場合の話だが。
寝台の主は大きなふてぶてしい黒猫よろしく本の城壁の中に横たわり、右開きで文字が縦に並んでいるという奇妙な本を読んでいた。怠惰とまでは行かないものの、言い様のない倦怠感、雨降りの日のサッカー少年のような、どこか拗ねた雰囲気をも醸し出している。足は走り出したくて仕方ないのに、それを我慢して座らされているような。
実際この男、数日前に足を負傷している。
「いつまで黙って立っているつもりだ」
「どっから突っ込んでやろうか考えてたんだよ」
ページをめくる音、小さな苛立ち。
「いくらすることがねえからってな、ベッドを本棚にする奴があるか」
「部屋をゴミ箱にするよりはマシだと思うが」
「アレはお前、ゴミの日にまとめて出してんだよ」
「誰が貴様のことだと言った」
「…………もう一週間動けなくしてやろうか」
ページをめくる音、もう一目盛り進んだ苛立ち。
「……暇なのか?」
「暇じゃねぇよ。幻騎士の奴、部屋から出てこねーし今頃カビかキノコでも生えてんじゃねーのかって他の奴等が言うからわざわざ様子見にきてやってんだろ」
「言っている連中が見に来ればいいだろう。何故貴様が来る?」
「何故って……」
「……やはり暇なのか?」
「暇じゃねーって言ってんだろ」
本当に、暇なわけではない。
暇なわけではないが、忙しいわけでもない。そしてそれらは、ここへガンマが来た直接の理由にはならない。というよりも、取り立てて何かが理由になっているわけでもない。
強いて言えば、会いたかっただけである。
が、それをストレートにサラッと何の躊躇いもなく相手に伝えることが可能かと言えばそう簡単にも行かないのである。
そこは大人の複雑な事情という建て前を使っておくことにする。
幻騎士はまたページをめくって、ガンマの次の言葉を待つ。しかしどうやら何も言い出さないらしいと数秒後に悟ると、次のページに指を挟み込みながら
「少し聞きたいことがあるが、良いか」
珍しくそんな切り出し方をして、視線をこちらへ寄越した。ガンマがハイもイイエも言わないうちに
「人魚を見たことはあるか」
昨日の夕飯なんだった? くらいの気軽さで聞くものだから大したことのないどうでもよさそうな質問に聞こえた。が、いま耳に入ってきた単語を反芻して考えてみると、大したことはあったかもしれないがどうでもいい上にくだらない質問だということがわかった。苛立ちのメーターが目盛りをぐるっと一回りして振り切れたのを感じつつ、黙り込む。
「……ないな」
当たり前だ。
「そうか」
「そこまでメルヘンな頭は持ってねーよ」
「俺も見たことはない」
「はいはいそりゃそうでしょうとも」
「ではガンマ、生首を見たことはあるか」
メルヘンの次はスプラッタか。お前の脳内は人外魔境のお花畑か。
とは流石に口に出しては言わなかったものの、怪訝そうな表情はしてみせる。
「見たことがないわけでもねーけどよ」
「それは人間の生首だったか?」
「あ? ああ…」
「…それならばもう一つ聞くが、『これは人魚の首だ』と言われて生首を差し出されたら、貴様はそれを人魚の首だと信じるか?」
「…はぁ?」
依然としてその能面のような顔にひとかけらの表情も浮かべないままの幻騎士を、ガンマは思わず凝視してしまった。さっきから何だこれは新手の催眠術か幻術の練習でもしているのか。サブリミナルで深層心理がどうのこうのとかそういう類のものにはめられているのか。そんな考えが頭を過ったが、疑っても無駄だということは経験上から既に重々承知である。
「人魚の生首だ? おいおい、冗談はその眉毛だけにしておけよ」
「……信じないか」
「ああ。大体な、人魚なんてそんなメルヘンチックな生き物がいるわけがないだろ。…百歩譲っていたとしても、首だけじゃ人間も人魚も見分けようがない」
「その前提は、人魚が存在しないということを立証しなければ成り立たないということはわかっているか?」
「お前なあ……そりゃ『悪魔の証明』だろうよ」
呆れたような口調で言い、それとなくこの会話の終着点を探してみる。
——あるものがいま存在するか否か。あるものがかつて存在したか否か。
可、を証明するのは比較的簡単だが、否、を証明するのは難しい。
たとえば、悪魔がこの世に存在するか否か。
悪魔を連れてくれば、悪魔が存在することは証明できる。しかし存在しないことを証明するのは難しい。誰も見たことがないだけで本当はいるのかもしれない、と言ってしまえばもはや命題は迷宮入りである。証明のしようがない。
「確かにな、それを言っちまえば人間か人魚かなんて誰にも区別がつかない。だけどよ、首切られた本人と首切った奴はわかるんじゃねえの?」
「あくまで、首だけになってからの話だ」
「なんだよそれ……じゃあ、やっぱり無理だな」
「そうか。そうだろうな……やはり、不可能だ」
そこにいたって、ようやく幻騎士は口を閉じた。長々と口を利く方が珍しい男だ、喋り疲れたのかもしれない。小難しい話から解放されて内心安堵を覚えながら、ガンマは幻騎士を見る。しっかりとした肩の上に乗っている黒髪のおかっぱ頭。切れ長の目にやや小振りな鼻、柔らかそうな唇、丸みのある額。縁起でもない話だがたとえ生首になってもこいつの顔は見間違いなどするわけがないだろうとガンマは思う。しかしそれも、さっきの話からすればこいつにとっては「不可能」なのだろうなと考えて、馬鹿馬鹿しくなってすぐにやめた。
「……首は結局、何者になるのだろうか」
微かな呟きが唇から漏れるのと、その唇に触れようと手が伸ばされるのは、ほとんど同時だった。数ミリ手前で躊躇いを見せた手は、今まさに行われようとしていた動作を誤摩化すように幻騎士の頬を掴んでいた。
「んなこといつまで言ってんだ、てめーは」
「貴様は不思議ではないのか」
「何が」
「首の存在意義の行方が」
「…………」
心の底からどうでも良いと思った。
こいつは一体全体どういう理由でそこまで首の心配をするのか。まさか親類に妖怪生首人間がいるわけでもあるまい。
どこをどう間違って幻騎士がこんな疑問を持ってしまったのかは不明だが、少なくとも降って湧いてくるような類の話ではない。そう信じていたい。ひょっとするといま自分はとんでもない人間と話をしているのではないかという危惧が頭を過るがしかし、カタギから見ればずいぶんな碌でなしであることは自分もこいつも同じだろうという重要な事実を思い出すに至るだけだった。
「首は、それがどういう存在であるかを誰にも理解されることなく、朽ちていくのみなのだろうか」
生き物の中枢という役目から切り離され、元々繋がっていたそれがどんな物体であったかすらもはや確かめることが出来ない、首。
「それとも、どこかでそれを真に理解でき得る存在と巡り会うことが出来るのだろうか」
正しく認識されず、あやふやな物体に成り下がったそれに存在意義を与え得る、何か。もしくは、誰か。
——たとえば、神にそれは可能だろうか?
「そんなもんがいたら、それこそ悪魔だぜ」
「悪魔か」
「だな」
「……そうかもしれないな」
さまよえる生首にわざわざ構うほど暇な神様なんてモノがいると仮定するのが気に食わなかったのかもしれないし、そんな光景はあまりにも悪趣味だと思ったのかもしれない。可哀想な生首の前に神様が降りてきて「貴方はこれこれこういうものの首だと私はちゃんと知っている。自信を持ってそれらしくいればきっと皆わかってくれるだろう」などと啓示をくださるのだろうかと考えれば、そんな馬鹿馬鹿しい話もないんじゃねえかとガンマは思うのである。
というか、そんな恩着せがましい神様はイヤだ。
神様が堂々と出てくるよりも、悪魔がこっそり魂か何かと引き換えにそれを耳元で囁くという方が、しっくり来る気がした。
「つーか結局よ、本当に自分をよくわかってるのは自分だろ」
「それはそうだが」
「だがもクソもねぇっての。やっぱり最後は自分なんだよ、自分。生首だろうが何だろうが」
はいそれでおしまい、とばかりに投げやりな返事を寄越したガンマを見て、幻騎士は目を瞬くと
「貴様はやはり、そういう男だ」
ほんの少しばかり、口元で笑ってみせたようだった。
「……俺は少し休む。貴様もそろそろ戻った方が良いのだろうが」
「ああ。ったく、変な話に付き合わされただけだったぜ」
骨折り損、と眉間に皺を寄せ大袈裟に肩を竦めてみせながら、金髪の優男は踵を返す。
「さっさと治せよ。そんでその分働け」
背中越しの声が、扉の向こうへ消えた。
*
こう思ったのは何度目にあの心底気に食わない男の顔を見た時だったか、もうガンマはいちいち覚えていない。少なくとも、嫌な目をした野郎だ、とは初対面の時から思っていた。
こいつは、自分のためなら死体も口説き落とせるに違いない。
やり方こそまるでカリスマ性に富んだ神かなにかのように取り繕っていたかもしれないが、中身を見れば悪魔も同然どころか比較したら悪魔に失礼かもしれないくらい汚い。あの傲岸不遜とも言える節操のなさと調子の良さは、紛れもなく人間のものだった。悪魔どころか死神だってもう少しプライドを持って仕事をするだろう。それくらいに手段を選ばない男だとガンマの目には映ったし、今もその印象は変わらない。
人間、という枠組みの中であえて分類するのならば、あの男は一種の墓荒らしかもしれないとガンマは思う。
腐りかけた死体を見つけて掘り出してきては、自分の好きなように扱う。冷たい土を掘り返して肉体を陽の当たる場所に引きずり出すことが、あたかも朽ち逝く存在に救いの手を差し延べるのと同じことであるかのように振る舞う。たとえ腕一本、眼球一つでもそのときに使えると思えば持っていくし、役に立たなくなったらあっさりと見限って産業廃棄物にしてしまうのだろう。それでもなお最後まで、自分という絶対的な存在を忘れさせることはなく。
おそらく死人だらけなのだ、あの男の周りは。
ただ単純に生物としての生死が云々という話ではなく、人間として真っ当に生きていくだけに必要な何かを——世間様からすればあまり真っ当ではない自分が言えたことでもないのかもしれないが——決定的に欠いてしまった、碌でなしばかりが寄り集めてある。そんな風に見えてならなかった。
生物としてではなく、人間として「死んで」いるもの。気づいたら死んでいたのか、自分から死んだのか、それとも誰かに殺されたのか。そんなことは勿論ガンマの知るところではないが、たったひとつの例外については心当たりがあった。憶測、限りなく確証に近い憶測で、少なくとも、あの男は、一人「殺している」。
その死体は、いま自分の足元に埋まっているのだろう。
そしてその死体にはきっと、首がないのだろう。
——首は、それがどういう存在であるかを誰にも理解されることなく
——朽ちていくのみなのだろうか
あの男が、持っていってしまったのだろうとガンマは思った。
首だけになってさまよっていたところを助けたような、そんな顔をして持っていってしまったのだろうとガンマは思った。どんなことが起こっても、自分は人間と人魚の首くらい簡単に見分けがつくと、そんなことを言って持っていってしまったのだろうとガンマは思った。そう言って信じ込ませて、持っていってしまったのだ、きっと。あの男は。
つくづく馬鹿馬鹿しいと思った。不可能、と言いきった奴が実はそれを肯定していたことを思ったのか、そのことに今頃気づいた自分の鈍感さのことを思ったのか、それは自分でもよくわからなかったが。とにかく、馬鹿馬鹿しいと思った。
しかし少なくとも、首から下はまだここにある。ここにあると、そう信じている。だから、首が戻ってくるべき場所はあるのだ、ここに。首がお払い箱になって、どこか知らないところへ棄てられてしまう前に、さっさと取り返して、埋め直してやらねばなるまい。とっくに死んでいようが、腐っていようが、自分の手の届く範囲に全身のパーツが揃っていないと、嫌だった。少なくとも、あの悪魔以下の男に持たせておくわけにはいかない。
存在意義がどうのこうのと。そんなつまらない話はどうでもよい。そんなところへ言及せずともよい。ただ一つはっきりさせておきたいだけだった。見失うことはないのだと。首だけになろうが何だろうが、見失うことはないのだと。あの男にそれが本当にできるのかどうかは知らない。知らずともよい。とにかく、自分は出来るのだ。そんなことが出来るのは悪魔だと言いきってしまったが、大いに結構、だったらいっそ自分は悪魔になってしまってもよい。それでもまだあの男よりはマシだ、きっと。
偽りの神の元から、哀れな男の首を、悪魔は盗み出す。
構うものか、そもそもあれはこちらのものなのだ。
己の信じる神の御元を離れることを、首は承知しないかもしれない。それでもよい。略奪でも構わないだろう、どうせ自分は悪魔なのだから。
——こうして悪魔は、暗闇に向かって吐き捨てるのだ。
「首を洗って待っていろ」
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