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なまもののさけび

とりあえずつらつらとかきつらねます

05.28.14:16
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  • 05/28/14:16

12.09.21:56
閑古鳥と一緒に旅に出よう


山本武放浪記。

一人の、独りと、家族。




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 今現在、自分がここにいることを知っているのは、自分と、今ここで自分の姿を視界の中に捉えている人間だが、それでは、今現在ここにこうしてひとりで座っているのが山本武という人間であることを知っている人間は、一体どれくらいいるのだろうかと考えてみると答えは至極簡単で、たったの一人なのである。無論、今周囲にいる人間が山本武という人間と面識がないということが大前提ではあるが、それでも実際、たったの一人なのである。

 山本武が今現在どこにどうやって存在しているかを、正確に認識し得る人間は、この瞬間、たったの一人なのである。

 けっして頭は良くない方だろうと自覚している自分がこのような奇妙かつ恐ろしい事実に気づくことが出来たということ自体に山本は驚いたが、それにしても、自分が今、まったくの独りであることを意に介していないらしいということの方が、彼にとっては数倍驚愕するに値した。

 自分は寂しがりやだと思っていた。
 なのに今の自分はどうだ、独りでいることを気にも留めない。

 「仕事先」へ行くと言って「家族」の元を出てきたのが早朝、馴染みがあるその「仕事先」で用を済ませて出てきたのがそれから数時間後、「仕事先」の連中には「家族」の元へ帰ると言っておいたのがちょうどそのとき、「家族」の方へはもう少し「仕事先」にいるという旨を伝えたのがさらにその直後、愛用のバイクで駅まで走って電車に乗り、二つ先の駅で降りて、普段は利用しない私鉄、超がつくほど閑散としたローカル列車の切符を終点まで買って、その座席に腰を沈めたのがついさっき、だった。

 山本武がこの列車のこの席に座っていることを、誰も知らない。

 知っているつもりの人間はいても、認識しているそれは事実ではない。

 認識されているのは、それぞれの想像と推測の範囲の中にいる、虚像だけ。

 ただ一人、自分だけが知っている、行方不明。

 行方不明であることすら、知っているのは自分ただ一人。


 その瞬間の山本武は、間違いなく、独り、だった。


 からだが、いっぺんに軽くなったような気がした。

 重荷を捨ててきたような、鎖を断ち切ったような、錘を外したような。
 鞄を忘れたような、武器を奪われたような、腕を持っていかれたような。

 心地の良い軽さと、不安で仕方のない軽さ。

 とにかく、軽かった。吹けば飛ぶんじゃなかろうかと思ってしまうくらい、軽かった。信じられないくらい、軽かった。

 突然、山本は怖くなった。
 その軽さが、自分という人間の、ほんものの「重さ」だと気づいて、怖くなった。
 他の何人にも関係しない、関係されない自分たった一人分の「重さ」に他ならないのだと気づいて、どうしようもなく怖くなった。


 これっぽっちの質量に、何が出来る?




 車窓から見える深緑の木々が、飛沫をあげる流水が、次々と後ろへ飛んでいくのを、ぼんやりと眺めた。ごみごみとした都市部を走る路線とはまったくもって異なる、大自然の真っ直中を満喫できる田舎鉄道特有の車窓風景に、美しいやら心休まるやらという感想を一切持つことは出来なかった。

 元々日中の乗客に乏しいワンマンローカル列車は、終点の5つも手前の駅でほとんど全ての客を吐き出してしまっていた。運転手と、三両目——最後尾である——の座席に陣取っていた一人だけが、終点に辿り着いた。

 閑散としてはいるが無人ではないその駅に降り立ったスーツ姿の青年を、古臭い黒ぶち眼鏡をかけた年配の駅員は珍しいものでも見るような目つきで、それと悟られないようにしつつも、やや無遠慮に、しげしげと、遠巻きに眺めた。それから事務所にひっこんで、中にいた若い駅員と何か言葉を交わしていたようだったが、山本にその会話の内容を知る由も、知りたいと思う気持ちも、これっぽっちもなかった。

 駅前の寂れたバス停に、まるでそこへ根が生えたように腰を下ろしている老人がいた。老人の隣には、孫だろうか、幼い子供が幾人かいた。道路の反対側を歩いていく青年を見ていた寄生木のような老人と子供たちの視線は、眼鏡の駅員のそれと大差ないものだった。

 静かに這い上がってくるなまぬるい視線が、やっぱり、怖かった。

 山本武は、独りだった。



 乗り換えたあの駅で切符を買うときには、怖くなどなかった。初めて気づいた「独り」が、こんなにも恐ろしいものだとは、予想だにしていなかった。「独り」になってみることが自分にこんな影響を及ぼすとは、まるで想像もつかなかった。

 そのはずだった。


 もうこの場所には一秒たりとも長くいたくなかったが、田舎列車のダイヤは極めてのんびりとしていた。少なくとも1時間は、帰りの電車が来ない。駅前の人々の視界から逃れるように、遮断機のない踏切を渡って線路の向こう側の人気のない草原に行った。使われなくなって「展示」してある古い貨物車両に座って、目の前の風景を隅から隅まで支配している真っ青な平面と緑色の塊を、じっと眺めていた。

 空にも山にもすぐに飽きて、定期入れに挟んであった帰りの切符を取り出して眺めた。ここへの切符と一緒にこれを買ったときは、怖くなかったのに違いない。たったひとりでどこへ行っても大丈夫だと、そう思い込んでいたのに違いない。

 しかしそれなら、どうして自分は帰りの切符を買ったのだろう?



 答えは簡単だった。
 考えるまでもなかった。
 帰る気があったからに他ならなかった。


 独りが怖いことを、自分が知らないうちに、知っていた。




 駅員に黙って切符を差し出し、車両へと向かったスーツの青年の足取りは、段々と、重さを取り戻しつつあった。


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