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なまもののさけび

とりあえずつらつらとかきつらねます

06.04.11:48
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  • 06/04/11:48

07.16.23:26
S-S パラドクス



スクアーロは

・単純
・一途
・いい子
・純粋
・カッコいい
・可愛い
・乙女

などなどのイメージを持たれている方はこの先ご注意。
病み鮫です。闇鮫注意報発令区域。エログロはありませんが、病んでます。
しかもどうでもいいことにクソ長いです。それでも宜しければ続きからどうぞ。



返信
>飛龍さん
いや、答えてもらったのでこちらも答えねばとw








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お前だけは変わるな。
お前だけは変わってくれるな。
お前だけはいつまでもお前のままでいろ。

自覚無自覚は問わないこととして、そういう思いが少なからずある。それは何年経っても進歩がないヴァイオレンスなボケツッコミであったり、変わり続けるのは自分だけで良いのだと宣言したかのような長髪であったり、変わる契機など作って堪るものかというように少年時代からの接し方や態度を微塵も改めないことであったり、とにかく、様々な面で、スペルビ・スクアーロはXANXUSをXANXUSのままにしておきたかった。

理想型、だった。

自分が認めるのに相応しく、自分が従事するのに相応しく、自分に認められるに相応しく、自分を使役するのに相応しく、一生の間その傍に付き従うことに時間を費やすだけの価値があり、その一挙一動を目視し続けることに時間を費やすだけの価値がある。永久的にその姿をとどめておきたかった。時間がどんなに流れたとしても変わらないようにしておきたかった。たとえ自分がどんなに年を食おうともその姿をいつまでもあの頃のままにしておきたかった。


たとえ自分が三十を過ぎて

XANXUSが十五の子供だったとしても

スクアーロは躊躇うことなく

むしろ喜んで

その足下に跪きその手を取ったのに違いなかった。


何一つ、欠けることを許したくなかった。

何一つ、変えることを許したくなかった。


エゴだという自覚はあったかもしれないが、しかしスクアーロの性は傲慢である。従う相手に媚を売るようなことはない。てめぇについてこられるのなんざ迷惑極まりねぇと罵倒されたとしても、スクアーロは知ったことかとついていくに違いない。選ばれたなどと思っているのではない。実際はもしかしたら選ばれているのかもしれなかったが、そう思わないことにしているのである。自分から主人として認めてやっているのである。そう考えることにしているのである。どんなに煙たがられても一度決めたことをそう易々と捩じ曲げられる程スクアーロは器用ではないし、たとえそこまで器用だったとしてもきっとそうはしなかった。自分の求めている理想がまさに目の前にあるのなら、それに従わない手はない。裏を返せばその従うべき相手は常に自分の理想でなくてはならず、その理想を崩すようなことがあってはならないのである。氷の中で八年間眠り続け、それでも目覚めてすぐに自分をいたぶることを怠らなかったその姿、本能的な衝動に、心底安堵を覚えた。静か過ぎる時には酷く不安になる。自分の性を、本性を、その激しい性質を、よもや忘れてしまったのではなかろうかと、どうしようもない不安に駆られる。喚き、悪態をつき、その応酬として繰り出された容赦のない拳を受けたその瞬間、蟠っていた不安が一気に安堵と幸福に変わるのがはっきりとわかった。殴られたことに対する文句を言い、不平を言い、悪態をついて睨みつけ、次の瞬間首ごともげるのではないかと思うくらいの力で髪を掴まれたまさにその時に、自分の理想型がこうして形を持ってここに確かに存在していること、それが確認できたことがたまらなく嬉しく思えるのである。


スペルビ・スクアーロは

そういう意味ではとてつもなく

エゴイストの上にマゾヒストだった。


殴られるのも悪態をつかれるのも罵られるのも蹴られるのも痛めつけられるのも髪を掴まれるのも顔を叩かれるのも頭をぶつけられるのも腕を捻られるのも耳を引っ張られるのも頬を抓られるのも足を踏まれるのも指を噛まれるのも使われるのも奪われるのも

自分だけでいい。

自分だけが受ければいい。

自分だけに受けることが許されている。

傷害の対象になる優越。怒りを独占している優越。本質を余すところなく把握している優越。たとえ思い込みであったとしても、たとえ独りよがりであったとしても、その優越感は恐ろしいくらいにはっきりと、スクアーロの行動の原動力になり、時には障害物となり、とにもかくにも具体的な影響力を持って、このスペルビ・スクアーロという狂暴な概念を存在させ続けた。こうしていまも、存在させ続けている。

自分が必要だ。

自分が必要とされている。

自分が必要としているのと同じく自分もまた必要とされているのだと。それを思い込むことがその優越に拍車をかけ、スクアーロの存在を際立たせる。存在意義を明確にすることが、スクアーロを形作ることに直結している。


要するにどういう意味であれ

XANXUSなしではスクアーロはいられない。


愛情ですらなく、依存というにも奇妙すぎる。崇拝しているものを美化していると言うべきか、崇拝しているものを束縛していると言うべきか。自覚無自覚に関わらず、スペルビ・スクアーロという存在は確実に、XANXUSという不変を自分の腕の中にとどめておきたがった。それが不変などではないことを一切認めず、その事実を受け付けず、視界に入れず、拒否し続けた。自分勝手に、利己的に、傲慢に、美しく強暴な主を自分の領域に閉じこめて、自分勝手に、利己的に、傲慢に、それを賛美し愛玩した。


それがどんな形であれ

関わり合うことそのものに悦びを感じ

その存在の不確かな不変を感じる度に

この上なく確かな安堵に包まれ

矜持とも自惚れともつかないその思いが

確固たる自身を保ち続ける材料となる。



無論と言うべきか

スクアーロがXANXUSに胸中を語ったことはない。



その行為は、恐怖だった。その行為そのものが、いい知れぬ恐怖を孕んでいた。恐怖そのものと言っても良かった。否定されるかもしれない。拒絶されるかもしれない。嫌悪されるかもしれない。排除されるかもしれない。それらは全て、スクアーロという存在にとって恐怖以外のなにものでもなかった。自分が存在している意義が、自分を存在させている支えが、その対象そのものに否定などされてしまえば、一巻の終わりであった。そうなってしまえば、最早スクアーロは修復不可能になってしまうだろう。スクアーロはあくまで、自分の望むままの拘束を、自分の望むままの束縛を、自分の望むままの被虐を、受けることのみを欲している。それを超越したものなど、論外なのである。この傲慢なマゾヒストは、その辺りの限界点というものを良く知っていた。だから、それがどういう結果を招くかなど知るも知らぬも関わらず、スクアーロは自身の胸中の奥底だけはXANXUSに知られてはならなかった。知られてはならないと自分に言い聞かせていた。


致命的なほど他人を騙すのが下手糞なスクアーロは

自分の内側にあるものなど見えないようなフリをして

要らぬことを吐露してしまうのを無意識に防いでいた。


お前が気に入ったからついていくと、お前に惚れたからついていくと、お前の役に立ちたいからついていくと、お前の傍にいたいからついていくと、お前が好きだからついていくと、散々言ってきたそれらの言葉に嘘はない。嘘も偽りもない。ほんの少し、言葉が足りないだけだ。完全にその真意を相手に伝えることができるだけの言葉を、使っていないだけだ。しかしそれは堅牢な防壁となって、スクアーロの内面の漏洩を防いだ。声がでかい割に話している内容は低能だと罵られているうちは、安心だった。その異様なほどに発達した思考回路も、複雑な経路を通ることを避けてシンプルなバイパスで繋げてショートカットしてやれば良いことだった。時々どこか抜けたような言動をするのはおそらくこの辺りに起因しているのだろうが、それもまた上手くカモフラージュとなっているのが事実だった。誰であろうとも、本人であろうとも、その一種子供じみた侍従の姿勢の向こう側を垣間見ることはできなくなっていた。誰にも覗かれることなく、存在を知られることのないそれは、所持している本人にすら、いつしか忘れられていた。忘れられることは、最終目的だった。忘れているうちは決して外に知られないのだから、これ以上に安全な状態はなかった。


スクアーロは幸せだった。


殺伐とした、しかしどこか気の抜けたこの日常が、幸せだった。幸福を感じるのは、簡単なことだった。ただ、何の気負いもなく享受すれば良かった。奥まで呼び覚まさなくとも、表面で受け止めてやれば十分それを感じ得た。忘れたものを思い出す危険など一切なく、そこにあるのは不当な暴力に対する反発と、その存在を実感し続けることの幸福だった。お前が好きだと笑って言い、馬鹿かお前はと呆れられることが、どうしようもなく、幸せだった。






もしも

スクアーロがいつか

忘れたことを思い出す日が来たら

そのときは—————




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