05.28.14:16
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07.01.13:08
数え歌
哲恭。
何考えてるのかわからない、自分勝手な委員長。
委員長絡むとどうしても民俗学的なネタになる気がする。
何の気なしに始めた退屈しのぎが楽しくなって一つの趣味のなってしまうようなことは人間誰しもあり得る話であって、だから雲雀恭弥が何の気なしに始めた暇つぶしであった「鳥に歌を教える」ということがいつの間にやら一つの趣味になってしまっていたとしても何の不思議もないのである。
「イッチバンハージメハイッチノミヤー」
少なくとも一般論では何の不思議もないのである。だがしかし一般論は所詮一般論であってそもそもこの雲雀恭弥という男が規格外の権化と言っても過言ではない存在であり、そうある限りそんな一般論に当てはめた解釈を適用できる対象にはなり得ないことを草壁哲矢はよく知っていた。
「ニーィハニッコウトーショーグー」
知っていたからこそ草壁は、楽しそうに鳥に歌を教えている雲雀を見ても何ら驚きもしなかった。一見すればそれはとても矛盾したようなことに思えるが、それは違う。矛盾などしていない。微塵もしていない。要するに雲雀は不確定要素なのだから、この程度の事象は矛盾にすらなり得ない。
「サーンハサックラノソーゴロー」
一番二番が寺社の名前で三がいきなり人名なのはどうしてなのかを前に一度聞いてみたことがあったが、雲雀は知らないと答えた。草壁が自分で調べた結果それは恐らくその人物が祀られるなんたら寺という寺があることに絡めているのではないかという結果に落ち着いた。後日それを雲雀に言ったら調べられるならどうして初めから自分で調べなかったのかと嫌そうな顔をされた。
「シハマタシナノノゼンコージ」
貴方と話がしたかったと草壁が言えるはずもなかった。
「イツツハイズモノオーヤシロ」
この歌を雲雀がどこからどうやって仕入れて来たかすら草壁は知らなかった。地方をふらふらしているときにでも見つけたのかもしれないし、資料を漁っていて見つけたのかもしれないし、子供のときに誰かから聴かされたのかもしれなかった。真実がどうであれ、雲雀がこの歌をそれなりに気に入っているらしいということに何の変わりもなかった。
「ムーッツムラムラチンジュサマ」
雲雀が自分の気に入らないものを何度も反復できる程の社会性を持った人間であれば彼は今こんなところにいないだろうし、草壁だってこんなところにいるはずがなかったし、雲雀恭弥という人格がこうやって存在していたかどうかも怪しかった。何が雲雀を雲雀たらしめているのかと聞かれればそれは孤高と表現すれば聞こえが良いのであろう凄まじい自分勝手さだと草壁はまったく思わないでもなかった。というか、思っていた。雲雀の構成要素の多くを「自分勝手」が占めていることは誰の目にも明らかだった。
「ナーナツナリタノフドーサマ」
並盛を守っているのだって何もそこに住んでいる地域住民のことを思ってやっているというわけではない。雲雀本人が並盛を愛しているからこその行動であって、地域云々の方面の話とたまたま利害が一致しただけである。その証拠に雲雀は相手が誰であろうと基本的に容赦だとかそういうことを一切しない。
「ヤッツハヤワタノハチマングー」
だから草壁は今日も容赦なく雲雀に殴られた。
「ココノツコーヤノコーボーサマ」
「……気の利かない男だね」
「…申し訳ありません」
「…次からは、」
「トーオハトーキョートーショーグー」
「数え始める前に来て」
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